《3回連載》角型フィルターで変わる!
エモーショナル風景写真
第3回 フルサイズ標準ズーム用 V5
Photo & Text:薮田織也
TOPIX
ここ最近、「 絶景 」をキーワードに風景写真撮影の人気が急上昇しています。本サイトにも、どうやって撮影すればプロ写真家のような風景写真が撮れるのかといった質問が寄せられるようになりました。そこで、角型フィルターのリーディングカンパニー NiSi 社の協力のもと、光景写真家・薮田織也に、角型フィルター撮影術を3回連載でお届け。最終回はフルサイズ一眼レフ用標準ズームレンズに最適な V5 システムの紹介と、長秒露光時に注意したいポイントについて紹介します。( 編集部 ) |
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前2回では NiSi 角形フィルターシステムの中から、出目金タイプの超広角レンズに適した 150mm 幅の角型フィルターが使える S5 システムと、マイクロフォーサーズカメラに適した 75mm 幅用の M75 システムを紹介した。最終回である今回は、S5 と M75 のちょうど中間的な存在となる 100mm 幅の角型フィルターが使える V5 システムを紹介しよう。V5 システムは、アダプターリングを使うことでフィルター径 49mm ~ 82mm のレンズをカバーできる角形フィルターシステムだ。V5 システムのメインアダプターは 82mm のフィルター径に対応しているので、フルサイズ一眼レフ用に各社から発売されている高性能標準ズームレンズの多くにはアダプターリングを使わずに装着できる。
1.フルサイズ用標準ズームで使うなら V5
これまでの2回のレポートを読んでいただいた読者諸氏なら、何気ない風景を絶景写真として収めるために角形フィルターシステムが必須であることはおわかりいただけたと思う。そして、よりアクティブにクリエイティブな作品を撮るためには、使うカメラ本体とレンズに最適な角型フィルターシステムを選ぶことが大切だということもご理解いただいていると思う。この3回の連載で筆者がもっとも使った機材構成はフルサイズ一眼レフの D850 +超広角レンズの TAMRON SP 15-30mm に S5 システム、そしてマイクロフォーサーズ OM-D E-M1X + M.Zuiko 12-40mm に M75 システムだった。これらの組み合わせを使った理由は前2回に詳しいので省略するが、意外な場面で活躍してくれたのが、D850 と標準ズームレンズの組み合わせに最適だった V5 システムだ。
撮影目的と撮りたいイメージが明確なときは必要最低限の機材構成でロケ地へと向かうため、角形フィルターシステムも前述したように撮影機材に適したものをチョイスするが、普段であれば特殊な焦点距離のレンズを装着しているものではないだろう。やはり標準ズームレンズをカメラに装着していることの方が多いと想像できる。なぜならスナップ撮影的な用途には標準ズームレンズが大変重宝するからだ。偶然出会った風景を今がチャンスと撮らなければならないとき、カメラには標準ズームレンズが……そういうときには V5 システムが便利だ。
2.V5 システム構成
NiSi の V5 システムは、フィルター幅が 100mm というフルサイズ一眼レフ用標準ズームレンズに最適な角形フィルターシステムだ。フルサイズ一眼レフユーザーで出目金タイプの超広角レンズは使わないという読者なら、迷わず V5 システムをお薦めする。たとえば以下に列挙した焦点距離 24-70mm の各社フルサイズ用標準ズームレンズのフィルター径はいずれも Φ82mm だ。
CANON EF24-70mm F2.8L II USM
NIKON AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VR
SONY FE 24-70mm F2.8 GM
PENTAX HD PENTAX-D FA 24-70mmF2.8ED SDM WR
TAMRON SP 24-70mm F/2.8 Di VC USD G2
SIGMA Art 24-70mm F2.8 DG OS HSM
これらレンズのユーザーであれば、V5 システムのメインアダプターは 82mm 径なので「 V5 Alpha ホルダー 」というフィルターホルダーメインアダプターのセットと、各種必要な角型フィルターを購入するだけですぐに使い出せる。もし常用するレンズが Φ82mm 以下のフィルター径であっても、NiSi V シリーズには各種アダプターリングが用意されているので問題はない。将来いろんなサイズのレンズを持ちたいと考えている懐に余裕のある読者なら、専用の円形 CPL フィルターと専用バック、そして 77mm、72mm、67mm のフィルター径に対応したアダプターリングが同梱されている「 V5 PROホルダー CPLキット 」を購入するとよいだろう。
今回のレポートでは V5 システムを試用させてもらったが、2019 年4月より、次世代 V シリーズ「 V6 システム 」が発売された。プロ写真家からの V5 システムへの意見を取り入れて改良された意欲的な新製品だ。筆者はまだ試用していない V6 システムだが、NiSi 社 Web サイトで情報をみる限りでは、S5、M75 システムのホルダー部の使い勝手や専用バッグの便利さなどが V6 システムにも活かされているようだ。これから V シリーズを検討している方なら、V6 システムを選んだ方が良いだろう。
3.3スロット使えるメリット
V6 システムが登場した今、V5 システムの詳細を前2回と同じように解説するのは割愛させていただく。簡単に書いてしまえば、S5、M75 システムとほぼ同じ仕組みだと思って差し支えはない。大きな違いは、フィルターホルダーに角形フィルターを3枚まで装着できる点だ。S5、M75 システムより1枚多く角形フィルターを挿せるアドバンテージは、画作りをしていく上で1枚分多く工夫できる余裕を産む。たとえばだが、写真4を見ていただこう。
写真4は V5 システムではなく S5 システムで撮った例だが、S5 システムの2つあるスロットに、GND フィルターを2枚、片方を逆に挿して撮ったものだ。空には太陽があるので、ND が濃いめの Medium nano IR GND8(0.9) の ND 部分を空に、下の水田には太陽が映り込んでいるので、ND が薄めの Soft nano IR GND8(0.9) を逆に挿して使っている。つまり、空と水田にある太陽にのみ ND 効果を与え、中央の遠景は光を素通しさせられる、というわけだ。NiSi にはホライゾン ND( 写真5 )という水平線や地平線にあたる中央部分だけに ND 効果を与える角型フィルターはあるが、その逆はないので、GND フィルターを2枚交互に挿して使うことで、ホライゾン ND の逆効果を求めてみたわけだ。
S5 や M75 システムはフィルターホルダーに2スロットしかないので、この GND 逆挿をやれば他のフィルターは専用円形フィルターしか使えない。しかし V5 および新製品の V6 システムにはもう1スロットあるので、ND フィルターを重ねがけすることもできるわけだ。
ND フィルターの重ねがけは予算的なメリットにもつながる。ND の組み合わせによっては持っていない ND フィルターの代用になるからだ。NiSi の ND フィルターには濃度の段階によって、ND4、ND8、ND16、ND32、ND64、ND256、ND500、ND1000、ND2000、ND32000 など( システムによって存在しないものもある )があるが、全部を揃えると大変な額になってしまう。できる限り低予算でと考えるなら、重ねがけすることで予算の削減をするわけだ。2つの ND フィルターを重ねがけしたときの ND 値は、それぞれの ND 値をかけ算すれば算出できるので、他のフィルターよりも高額な ND32000 は、ND32 と ND1000 を重ねがけ( 32 × 1000 = 32000 )して代用できる。
ちなみに、この ND の右の数値は減光の量を表わしていて、4は 1/4、8は 1/8、1000 は 1/1000 に減光することを示している。減光させた分は絞りやシャッタースピードで補う。その補正データの算出は簡単で、ND 値をシャッタースピードに掛ければいいだけだ。たとえば、ISO:100、f/8、1/1000 秒のシャッタースピードで適正露出のときに ND1000 を使うと、1/1000 秒 × 1000 で、1秒の長秒露光が可能となる。絞りを f/8 のまま 30 秒以上露光したいときは、ND32000 を使えば良いわけだ。
長秒露光のために ND フィルターを使う場合は、シャッタースピードを任意の値まで遅くしたいというのが目的だ。その目的のシャッタースピードを得るためには、最適な ND フィルターを使うべきで、ISO 感度や絞りの値を変えるのはあまり得策ではないことを覚えておこう。風景写真、特に近景から中遠景の撮影の場合に使う絞りは f/8 近辺がもっともレンズの性能を引き出せる。絞っても f/16 以上は小絞りボケが発生するのでなるべく使わない方がよい。ISO 感度も長秒露光ではノイズを発生を抑えるためになるべく低い数値を使うべきだ。これらのことから、目的のシャッタースピードを実現するには、ND フィルターの選択が大切となることがわかるだろう。実際の撮影では、まずはカメラの露出モードを ISO 固定で絞り優先モードにし、フィルター無しの状態で適正なシャッタースピードを求める。次に、カメラが算出したシャッタースピードを目的のシャッタースピードにするために必要な ND 値を計算する。適切な ND フィルターがないときは重ねがけすることも考える。最後に重ねがけしても適正な ND 値が得られない場合に限り、絞りや ISO 感度で調整するようにしよう。
4.長秒露光するときは光漏れに注意
何気ない風景を絶景に変えるために、角型フィルターは大変に重宝する機材だ。そしてフィルターは円形、角型を問わず画作りの上でとても効果的な機材ではあるのだが、レンズの前にさらにガラス板1~3枚を設置するので、太陽の位置によってはフィルターの隙間から「 余計な光 」が入り、フィルター間で乱反射することがある。これがフレアやゴーストとして画に映り込んでしまうのだ。太陽がレンズ光軸上にある朝日や夕陽の撮影ではまだ見逃せるが、太陽が上方にある日中の長秒露光となると、フィルターのサイドをきちんと遮光してやる必要がある。NiSi の ND フィルターには遮光用のガスケット( 写真6 )が装備されているので、サイドから侵入する光のほとんどは遮られるが、GND 系の角型フィルターは位置を移動させるためにガスケットはない。GND などのガスケットのないフィルターを遮光するときは別の方法をとる必要がある。
薮田が角型フィルター使用時によくやる遮光方法を紹介しておこう。それは写真7のような黒いパーマセル( 撮影用マスキングテープ )で遮光する方法だ。ホームセンターで売っている黒いマスキングテープでも良いが、パーマセルは粘着物が機材に付きにくいという利点があるので、なるべく品質の良いパーマセルを使うようにしたい。また、とりあえず遮光できれば良いわけだし、GND フィルターは撮影中に位置を変えることもあるのできっちりと巻き付けず、写真8のようにいつでも剥がせるようにしておきたい。さらに、レンズ鏡筒の距離目盛の遮光と、写真9のアイピースシャッターを閉じることも忘れないでおきたい。
5.総評
総評を書く前に、薮田個人の風景写真に対する考えかたを簡単に紹介しておく必要を感じたので、まずは読んでいただきたい。薮田がここ 10 年来撮り続けている光景写真とは、景勝地や名勝地の風景作品ではなく、何気ない身近な風景に意図的で人為的な光を加えることで作る「 画 」だと定義している。その意図的で人為的な光とは、ストロボ光であったり、光学フィルターを使って自然の光を加工したものだったりする。薮田はこれを「 光の絵筆 」と称していて、その絵筆で描くのは撮り手の「 想い 」や「 哲学 」だと思っている。風景写真は自然から撮らせていただいている上に、自分の気持ちを光の絵筆に載せて撮るのが光景写真……というわけだ……と、まぁ偉そうに語ってしまったが、そういう気持ちで光景写真という風景写真を撮っているわけです。少し脱線するが、3回の連載に載せた角形フィルターの作例を観ていただければ気付かれるように、多くの作例にストロボの光を加えている。今回はこのことにあまり言及しなかったが、実は ND 系のフィルターはストロボと合わせて使うことで自由度が高まるのだ。ND 系の角形フィルターに慣れたら、次のステップではストロボと組み合わせて使ってみて欲しい。
さて、そうしたことを前提にしながら、3ヶ月に渡って NiSi 製角形フィルターシステムのレポートをしてきた結論を書くと、薮田の作品において極めて優秀な「 光の絵筆 」となってくれる心強い相棒だ。読者諸氏においても、捉え方はひとそれぞれではあるだろうが、人によっては薮田と同じように自作品を作り込んでいくための最高の道具だと感じるだろう。またある人は理屈抜きに写真を楽しくしてくれる機材だと感じるだろう。そして SNS で見映えのする写真が撮りたいと思っている人にとっては──この言葉はあまり使いたくなかったが──とにかくエモい(笑)写真を撮るためには欠かせないツールになるはずだ。
NiSi 社は良い意味で変化と進化がはげしい企業のようだ。良いと思われるものはすぐに製品に取り入れていく姿勢は賞賛に値する。これはとりもなおさずユーザーの利益につながる。新製品が出たからと言って角形のガラス板自体が使えなくなるわけではないので、大事に使っていけば進化していくホルダーシステムで用途の幅が広がっていく製品だ。この夏は角形フィルターをお供に、エモーショナルな絶景写真を撮りに出かけてみたらいかがだろう。
■ 制作・著作 ■
スタジオグラフィックス
薮田織也事務所
■ 協力 ■
NiSi