《3回連載》角型フィルターで変わる!
エモーショナル風景写真
第1回 角型フィルターってなに?
Photo & Text:薮田織也
TOPIX
ここ最近、「 絶景 」をキーワードに風景写真撮影の人気が急上昇しています。本サイトにも、どうやって撮影すればプロ写真家のような風景写真が撮れるのかといった質問が寄せられるようになりました。そこで、角型フィルターのリーディングカンパニー NiSi 社の協力のもと、ここ数年、人物よりも風景写真の依頼が増えていると複雑な表情を浮かべている写真家・薮田織也に、角型フィルターを使った撮影術の執筆を依頼! 3回連載で、角型フィルターの初歩からその使い方までをお届けします。( 編集部 ) |
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巷では風景写真がブームだそうで、名勝・景勝地に押し寄せる観光客が手にするのは、スマホはもちろんだが、一眼カメラも増えているのだそうだ。わたし薮田が講師を任されている写真倶楽部の会員さんたちも、年に幾度となく景勝地を訪ねて撮影にいそしまれている。そんな風景写真好きさんに薮田がここ数年お薦めしているのが、「 角型フィルター 」だ。レンズと同じ丸い形をした「 円形フィルター 」しか使ったことがない人には馴染みがないかもしれないので、まずは角型フィルターの概論から紹介しよう。
1.角型フィルターとは?
本連載では、角形フィルターのリーディングカンパニーといえる NiSi 社に協力いただいた。NiSi 社は 2005 年に設立された比較的に若い企業だが、それ以前はプラスティック製が普通だった角形フィルターに高品質で傷つきにくい光学ガラスを採用したり、円形フィルターと抱き合わせで使えるホルダーシステムを採用するなど、とても意欲的なフィルターメーカーだといえる。システムの堅牢性や使い勝手はもちろん、肝心の画作りに関しても申し分ない。そんな NiSi 製角形フィルターをご覧にいれながら、角形フィルターについて説明していこう。
「 角形フィルター 」とは。一般的には写真2の右側のような四角い光学ガラス板自体を角型フィルターと呼ぶ。角形フィルターに対して、レンズの口径と同じような丸い形をしていて、レンズ先頭のフィルター用に切られたネジ山に付けて使う光学フィルターを「 円形フィルター 」と呼ぶ。現時点では角型フィルターよりも円形フィルターの方が一般的だろう。この円形フィルターと比べると、角形フィルターはなんとも大袈裟な機材に感じるかもしれない。機動性をなによりも重要視する撮影者だと、この外観を観ただけで敬遠してしまいそうだが、角形フィルターには円形フィルターにはない大きなメリットがあるのだ。
フィルター無し( 左 )とグラデーションフィルター有り( 右 ) ◀▶を動かして確認
写真2右のようなグラデーションフィルターは円形フィルターにも存在するが、その使い勝手となると角形フィルターに軍配があがる。そもそもこうしたグラデーションフィルターはどんなシーンで使うのかというと、たとえばだが写真3(before)のような逆光で空が大半を占めるような撮影をする場合だ。写真3(before)はフィルター無しで、地面が暗くならないように露出設定して撮影したもの。当然だが空はハイキーになりすぎてしまった。そこで中央から上にいくに従って徐々に減光する( 暗くなる )グラデーションフィルターを使って撮影したものが写真3(after)だ。太陽がフレームインしている逆光撮影で空の青さを残しつつ、水面と地面を暗くせずに撮影したいときは、こうしたグラデーションフィルターは欠かせない。
角形のグラデーションフィルターのメリットは、構図を変えることなく、角形フィルターの位置をスライドさせることで、グラデーションの開始位置を自由に変えられることだ。たとえば写真3(before)の構図であれば、水面と雲の境目辺りからグラデーションを開始させることができる。これに対して円形のグラデーションフィルターの場合は、その構造上の制限でグラデーションの開始位置を変えられないので、狙った構図よりもワザと広めにしておき、グラデーションの開始位置を画角の中央に持って行く必要がある。そのため後で狙いの構図になるようにトリミングすることになるわけだ。
角形フィルターの最大のメリットは、風景写真に欠かせない超広角系レンズでも使えるという点だ。ワイド端が 15mm 前後の超広角ズームレンズは、前玉が球状に飛び出ている出目金レンズ。花形レンズフードもレンズ本体に固定さているものがほとんどで、フィルター用のネジ山も切られていない。よって円形フィルターは装着できないのだ。そこで角型フィルターの出番というわけで、NiSi からは多くの人気超広角レンズ用のホルダーシステムと角形フィルターが発売されている。それが写真5の S5 システムだ。( メーカーサイトで確認 )
150mm 幅の角形フィルターを使う S5 よりも一回り小さい 100mm 幅の角形フィルターを使う V5 システムが写真6だ。( メーカーサイトで確認 )標準寄りの広角から中望遠域までをカバーできる。
3つ目が 75mm 幅の角形フィルターを使う M75 システム。写真7だ。レンズ口径の小さいマイクロフォーサーズのミラーレス一眼に最適なシステムと言えるだろう。( メーカーサイトで確認 )
NiSi 角形フィルターシステムは、フィルター幅のサイズで分類され、現状は 180mm、150mm、100mm、75mm の4種類がある。今回は 180mm を除く上記3つのシステムを使った。大きさ以外の機器の構成はどれも似ていて、写真のように四角いガラス板と、それを支えるホルダーで構成されるシステムだ。
2.風景写真を絶景写真に変えるアイテム
今回の連載では 150mm 幅の S5 システム、100mm 幅の V5 システム、75mm 幅の M75 システムの3種類を使って作例を撮影した。それぞれのシステムの使い勝手や作例の撮影詳細は次回以降に譲り、ここでは NiSi 角形フィルターでどんな画が撮れるのかを観ていただきたい。まずは冒頭に掲載した写真1。これは Nikon D850 とタムロンの超広角ズームレンズ Tamron SP 15-30mm F/2.8 Di VC USD G2 に NiSi S5 システムを装着して撮ったもの。使った円形フィルターは、偏光フィルターの Pro CPL。角型フィルターは板面の中央部がもっとも濃く、端に行くに従って透明になるリバースグラデーション減光フィルター( Reverse Nano IR GND8(0.9) )と、光量を 1/1000 にまで減光できる Nano IR ND1000(3.0) だ。それぞれのフィルター解説は後述するが、普通のレンズだけだと撮れないエモーショナル( 感情的 )な画になっていると感じないだろうか。このエモい(笑)写真が撮れるということが、光学フィルターを使うもっとも大きな理由といえるだろう。
余談だが、せっかくのワイド端 15mm まである超広角レンズなのにテレ端 30mm を使っているのは、太陽が小さくなってしまうし、雲間から伸びたエンジェルラダーが小さくなってしまうので……。
上の写真8は、V5 システムとタムロンの標準ズームレンズ Tamron SP 24-70mm F/2.8 Di VC USD G2 を装着した Nikon D850 で撮影したもの。この画は写真1とは反対のグラデーション減光フィルターと、薮田が NiSi フィルターで超オススメしたい風景写真に特化した偏光フィルター「 ランドスケープ CPL 」を使って撮ったもの。ただ、夕陽が落ちすぎて樹が暗くなってしまったので、ストロボを使って樹を明るくしている。
最後の作例が写真9だ。これは OLYMPUS OM-D E-M1X と M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO に M75 システムを装着して撮ったもの。波が強く打ち寄せる磯の岩場で、海面が雲海にみえるように 15 秒の長秒露光で撮影した。生憎の曇り空で夕方も近くなっていたため、岩が真っ黒に潰れてしまうのを避けるために GN80 のストロボを使ってみたが、結果、非現実的な画になってくれ、予想以上の効果を上げてくれた。
さて、この3つの作例を観てもらうと、ある共通点に気付くと思う。それはいずれの写真もコントラストと彩度が高いという点だ。もちろん撮影時のカメラ本体の設定はビビッド系に設定していたし、Raw 現像時にも少しだけ手を加えてはいる。ただ Photoshop でのレタッチや加工は、自分のクレジットを入れた以外は一切していない。フィルターの有無でどの程度の差が出るのかを知っていただくために、ここで同じ場所、同じ時刻にフィルターを使わずに撮ったカットと、フィルターを使った撮った写真の比較画像を上げておこう。
日の出前の薄暗い状態でも、フィルター無し( 左 )ではシャッタースピードは5秒が限界だった。フィルター有り( 右 )は 30 秒
フィルター無し( 左 )だと空のコントラストと彩度は低いまま
カメラの向きが違うので比較しづらいが、フィルター無し( 左 )でのシャッタースピードは1秒が限界だった。フィルター有り( 右 )は 15 秒
フィルター無しの写真も、Raw 現像や Photoshop のレタッチである程度まではコントラストと彩度の高い画にできるだろう。しかし、太陽がフレームインしている状態での長秒露光となると、減光フィルター無しでは絶対に無理だし、空の雲や山々などを映した遠景撮影でカスミの無いクリアな画に仕上げるのは、最新の Raw 現像ソフトに搭載されているカスミ除去フィルターでも、光学フィルターの効果には適わない。やはりどんなにソフトウェアが進歩しても、撮影時の光学的な工夫は大切なのだ。
3.角型フィルターの構成
作例のように色鮮やかでクリアな画が撮れる NiSi の角形フィルターがどんなシステム構成になっているのかを、S5 システムを例にとって紹介していこう。V5 や M75 も形や大きさこそ違うが、同じような構成だと考えて欲しい。それぞれのシステムの詳細は次回以降に紹介する予定だ。
150mm 幅の角形フィルターが装着できる S5 システムは、ワイド端が 15mm 前後の超広角レンズ用に開発されたホルダーシステムだ。S5 システムは写真13 のように5つのパーツで構成される。このうちアダプターリングがレンズと接続するパーツで、以下のようにレンズ別に用意されている。
Canon TS-E 17mm f4
Fujinon XF 8-16mm F2.8
Nikon 14-24mm f/2.8
Nikon 19mm f4ED
Sony FE 12-24mm f/4G
Tamron 15-30mm f/2.8
Sigma 14mm f1.8
Sigma 14-24mm f2.8
Sigma 20mm f1.4
105-95-82mm 径レンズ
いずれも各メーカーの高性能で人気の超広角レンズばかりだが、S5 システムには別売で 72mm、77mm、82mm のアダプターリング( メーカーサイトで確認 )があるので、上記以外のフィルター径のレンズ、たとえば 24-70mm などの標準ズームにも、別売のアダプターリングを使えば装着できる。今回の作例ではタムロンの超広角レンズ、Tamron SP 15-30mm F/2.8 Di VC USD G2 に 150x170mm の S5 システムを装着したが、82mm のアダプターリングを使えば、同じタムロンの標準ズーム Tamron SP 24-70mm F/2.8 Di VC USD G2 にも S5 システムを装着できる。
4.S5 システムの装着方法
それでは、S5 システムを Tamron SP 15-30mm F/2.8 Di VC USD G2 に装着してみよう。まずはアダプターを写真14 の要領でレンズ鏡筒に装着する。アダプター側の爪( 突起部分 )とレンズの花形レンズフードの凹みの向きを合せてから、静かに真っ直ぐ装着すること。乱暴に扱うとレンズフードに傷を付けかねない。
アダプターの4つの爪と花形レンズフード凹みが確実に合っているかを確認してから、アダプターリング部を矢印の方向に回して確実にロックする。アダプターとレンズの面が並行でないと画に影響がでるので気をつけること。
CPL などの専用円形フィルターを使うときは、フィルターホルダーが装着されていない状態で装着すること。S5 システムの専用円形フィルターは普通の円形フィルターと同じネジ式で装着するが、径が大きいので落ち着いて操作しないとうまく装着できない。また、装着時に強く回しすぎると外すのが大変になるので、ネジのトルクがかかり始めたところでそれ以上ねじ込むのはやめよう。専用円形フィルターを外すときは、フィルター全体に対して均等に圧力をかけないとダメだ。どこか1箇所に力を入れすぎるとまず外れないので注意しよう。
CPL などの回転させる必要がある専用円形フィルターは、アダプターの縁にある2つのダイヤルを使って回転させることになる。
フィルターホルダーは、写真17 の要領でアダプターに装着する。フィルターホルダーが確実に装着できていないとちょっとしたことで簡単に外れてしまい、落下させてフィルターを割ってしまうこともあるので注意が必要だ。初めて角形フィルターシステムを使うときは、フィルターホルダーにフィルターを装着していない状態で、フィルターホルダーの脱着に慣れておこう。
フィルーホルダーには2つの角型フィルター用のスロットがあるので、ここに2枚の角形フィルターを挿せる。角形フィルターは、フィルターホルダーをアダプターから外した状態で挿すのが良い。なぜならフィルターホルダーのスロットは、角形フィルターが自重で外れないように少しだけきつく設定されているので、慣れるまではフィルターを挿すときに力を入れがちだからだ。通常、減光効果の高い角形フィルターを使う場合は、カメラを三脚に固定して構図を決め、ピントを合わせてからフィルターを付けることになるが、フィルターホルダーをアダプターに装着したまま角形フィルターを挿すと、せっかく決めた構図が狂ってしまうことがある。なので必ずフィルターホルダーをアダプターから外した状態で、角形フィルターを挿すようにしよう。
5.角形フィルターを使うときの注意点
NiSi の角形フィルターは高品質な光学ガラスでできている。構造上ガラスはむき出しだ。取り扱いに十分に注意しないと落として割ってしまうこともあるので、是非、角形フィルターシステム専用のホルダーケースやハードケースを使うようにしよう。写真19 の S5 ホルダーケースは、背面部にマジックテープで開閉できるベルトがあり、三脚の脚部に巻き付けておくことができる。今回の撮影は磯の岩場や夜間の山間部での撮影だったので、このホルダーケースは大変重宝した。150mm システム角型フィルターハードケースは少し改良が必要と感じたが、6枚の角形フィルターをお互いに非接触状態で収納できるのが便利だった。
角形フィルターはガラスがむき出しなため、気をつけていてもガラス面に手や指の油分がどうしてもついてしまう。レンズクリーナーを携行することは必須だ。ホルダーケースのポケット部にしのばせておこう。
初回の最後は、フィルターの重ねがけをするときの注意点だ。フィルターホルダー部に減光フィルターとグラデーションフィルターを2枚とか、減光効果の異なる減光フィルターを重ねがけするときは、減光効果の高い( ND 値が多い )方を外側にするようにこころがけよう。たとえば ND1000 と GND8 を重ねがけする場合は、GND8 をレンズ寄りに挿し、外側に ND1000 を挿す。複数のフィルターを重ねがけすると、フィルター間で光が乱反射して、フレアやゴーストの原因になりやすいのだが、減光効果の大きなフィルターを外側にしておくと、乱反射する光を最低限に抑えられるからだ。
NiSi の 減光( ND )フィルターには隙間から入る光を遮る「 遮光ガスケット 」( 詳細は次回以降 )がついているが、グラデーション減光( GND ) フィルターには、この遮光ガスケットがない。GND フィルターは構図によってスライドさせる必要があるためだ。そういうわけで、遮光ガスケット付きの ND を使っていても、GND を併用するときは遮光の工夫をする必要がある。その辺は次回以降で詳細に解説する予定だ。
初回は S5 システムを中心に角形フィルターの概要と装着方法を紹介したが、次回と最終回は V5 システムと M75 システムを詳しく紹介しながら、実際の撮影方法とコツについて紹介する予定だ。お楽しみに。
■ 制作・著作 ■
スタジオグラフィックス
薮田織也事務所
■ 協力 ■
NiSi