大村祐里子の
プロ写真家に聞くライティング術2
第5回 多灯撮影は自然なバランスで
i-dee 氏に聞くストロボライティング
Text:大村祐里子
TOPIX
本連載「 大村祐里子のプロ写真家に聞くライティング術2 」は、クリップオンストロボを使って魅力的な作品をつくりだしているプロ写真家に、私こと大村祐里子がインタビューをして、ライティング上達の極意を教えてもらっちゃおう! というシーズン1の企画趣旨をそのままに、よりマニアックに、ライティングや写真家の人生に切り込んでいくコンテンツとなっております。間が空きがちな連載となっておりましたが……久しぶりに更新の機会がやってきましたー! 今回は、女性の四肢をしなやかに美しく描き出す、フォトグラファー i-dee さんにお話をお伺いしました。( 大村 ) |
Index
■ 写真家 i-dee さん ■ テーマは「 破廉恥な女教師 」 ■ ハレンチを演出するライティング ■ 作品解説 ■ 写真との出会いからプロになるまで ■ i-dee になったわけ ■ i-dee さんからのアドバイス |
■ 写真家 i-dee さん
i-dee
東京都出身。広告やファッション、グラビアのなどの現場で活動中。Instagram:http://www.instagram.com/i_dee_hideakiaraoka/
取材前に、i-dee さんのインスタグラムを穴があくほど拝見しました。どのお写真にも確固たる世界観があり、艶っぽくてかっこいい……。ライティングも巧みで、只者ではないことが伺えます。今回の撮影&インタビュー場所は、ニッシンジャパンのスタジオです。高さ 3.5m、引き約 7.5m のだだっ広い空間で、i-dee さんが一体どのような写真を撮られるのか……。想像できないままに当日を迎えました。
はじめまして。のっけから恐縮なのですが、お名前はなんとお呼びするのが正解でしょうか?
「 アイディー 」です。
お聞きしてよかったです! 「 イディー 」さんかと思っていました! ひょっとして、苗字は井出さんでしょうか?
それ、よく言われるんですが違います(笑)
思ったよりもお話しやすい雰囲気の方で安心しました……。
■ テーマは「 破廉恥な女教師 」
気がつけばサクサクとストロボがセッティングされておりました。本日の撮影のテーマはすでに決まっていたのでしょうか?
「 破廉恥な女教師 」が今日のテーマです。
破廉恥! 好きです! しかし、なぜ!
今日のモデルさんは清楚な雰囲気のある子です。そういう子は、あえてエロいものをぶつけた方が、エロさが引き立って妖しくなるかなと思ったんです。
いつも写真のテーマはどうやって決めているのですか?
モデルさんか場所か、で決めますね。今日は白ホリゆえに、スタジオ自体のイメージはゼロなので、モデルさんの方から組み立ててみました。
■ ハレンチを演出するライティング
こちらが破廉恥を演出するライティングですね。
ストロボを3灯使ってのセッティングですが、光が回り込んで均一にならないように心がけています。ちょっと光のムラがあった方が破廉恥なムードが出るかなと思ったので。
電波式コマンダーの Nissin Air10s でコントロールするマシンガンストロボの Nissin MG10 を3台ですね。i-dee さんのお写真を拝見していると1灯ライティングに思える作品がありますが、今回は3灯なんですね。
昔のポートレート写真を見ていると、ライトは基本的に3灯であることが多いですよね。今日は初心者の方にライティングの基礎を伝えるのが目的だと思ったので、それに習うのが良いかと思い3灯をチョイスしました。多灯ライティングするときは、まずメインライトをどうするか考えてセッティングし、残りのライトはメインライトとのバランスをとることが大切です。
ストロボのセッティングをするときに特に気をつけていることはありますか?
多灯の場合は、それぞれのライトが独立して主張するのは良くないと思っています。トップライトばかりが強いとか、そういうのは好きじゃないんです。あくまでも自然な光に見えるような組み方を心がけていますね。
今回の3灯の、それぞれのストロボの役割を教えていただけますか。
メインライト(A)には、オパをつけました。オパライトは、モデルさんの肌のトーンを綺麗に描写してくれます。やはり、モデルさんを美しく写したいですから。
オパは、ビューティーディッシュとも呼ばれるアクセサリーですね。
トップライト(B)には、60cm × 60cm のボックスをつけました。背景紙とモデルを線引きし、モデルの髪の毛にハイライトを入れる役割を果たしています。
背景紙に光が回らないようにボックスを付けたブームアームを回転させているわけですね。
バーンドア付きのリフレクターを装着したライト(C)はモデルの瞳にキャッチライトを入れる役割を果たします。バーンドアとリフレクターは光の方向性を定めるためです。このライトの光量は弱くして、小さい光源が生み出す薄い影で違和感を演出しています。
キャッチライトの役割だけじゃなく違和感を……。どういう違和感ですか?
モデルを正面から照らすのはメインライト(A)だけでも良いのですが、それだけだと絵が綺麗にまとまりすぎちゃう気がして。キャッチライト(C)がうっすら逆サイドから入ってくることで、自然さを少しだけ壊してちょっと不思議な感じになるんです。
そういうところに i-dee さんらしさを感じます。そういえば、3灯すべてにグリッドをつけていますね。トップライトがソフトグリッドで他2灯はハニカムグリッドですが。
グリッドは光の拡散を抑えて、被写体にコントラストを付けてくれます。3灯も使っているとそれぞれの光が回り込んで画が均一になってしまうので、それを避けるために付けています。
■ 作品解説
そういえばそれぞれのストロボの光量をお聞きしていませんでした。教えてください。
光量比については、いつもバランスで考えるようにしています。メインライト(A)を 1EV としたら、トップライト(B)は +1.5EV くらい、キャッチライト(C)は -2EV から -3EV くらいですね。今回のセットに関しては、そのくらいにすると自然に見えます。このあとも以上のバランスを保ちながら全体の光量を変えて撮っていきます。
まずは座りからスタートですね。もこもこの上着の下から覗く、紫のインナーがセクシー。
最初ですから、座りで。ここから、ウォーミングアップのつもりで、ゆるゆると始めていきます。
1カット目から素敵です! テザーで撮った写真をリアルタイムに見られると、スタッフの皆で撮影の楽しさを共有できるので嬉しいです。Capture One の「 スタイル 」で、転送された瞬間にフィルターが適用されて色合いが変わりますね。いつもこのように撮影されているのですか?
はい。仕上がりイメージを掴みながら撮影したいのでだいたいこうしています。色は、撮影ごとに気分で変えています。今日はちょっと眠い雰囲気のスタイルを適用してみました。こうすると、肌の質感が出てくるので。
モデルさんの衣装が変わりましたね。こっ、これは、ど、ど、DT を殺す服……!(笑) 実物を初めて見ました。鼻血でそう。
服というか切り刻まれたニット……(笑)
i-dee さんがメイクさんやスタイリストさんへ細かく指示を出される様子や、撮り方を見ていると、「 見せたいもの 」を明確に感じます。この場合は、衣装の合間から覗く、モデルさんの背中や腰の美しいラインですよね。きわどい衣装なんですけど、不思議と第一印象は「 綺麗 」であって「 エロい 」ではないですね。
俺、衣装やヘアメイクについてはうるさい方なんです。こういうきわどい衣装の場合は、着方やヘアメイクを間違えると、ゲスな感じになってしまいます。だから、衣装やヘアメイクを細かく作り込んで、綺麗に見えるように心がけています。
また衣装が変わりましたね。上は清楚なのに、下はまさかのガーターベルト……。これぞ破廉恥な女教師! という感じがします。いいですねえ……。
上半身は女教師で下半身は破廉恥。
あっ、写真8のメインライト(A)が消えたバージョンもいいですね。ちょっとシルエットっぽくて、かっこいいです。トップライト(B)が、背景とモデルを線引きする役割をするライトだということがよくわかります。
これもアリだね。
写真9は、トップライト(B)が消えたバージョンですね。背景が一気に暗く落ちて、モデルさんがグンと立体的に見えますね。体のラインもしっかり感じられて、エロティックです……。しっかし、この3灯ライティングは非常に汎用性が高いですね。ちょっと高さや位置を変えるだけで、さまざまなポーズに対応できますね。
そうですね。ページ数の多い雑誌の仕事などは、変化をつけるためにライティングをガラッと変えたりします。たとえば4ページくらいだったら、セットを変えない方が全体のトーンが統一されていいですね。
今度は1灯だけのライティングですね。
このあたりでテイストを変えてみようかと。今度は自由に動き回りたいなと思ったので1灯にしました。まずはマシンガンストロボ Nissin MG10 に小さなボックスをつけてスタンドに立てて、自分の横に置いて撮ってみます。
このお写真、すごく i-dee さんっぽいです! 1灯だけどめっちゃかっこいいです。というか、1灯だからかっこいいのかな。
次は、MG10 をブラケットにつけて、カメラの横から照射してみます。
MG10 はブラケットを使ってカメラに装着もできるし、グリップを握って手持ちで使うこともできるんですよね。便利です。
アングルにも変化をつけたいので、脚立に乗って俯瞰で撮ってみます。
おっと、私が足で脚立を押えますね。ブラケットで MG10 をカメラに付けると、ほぼレンズの光軸と同じ位置から光を当ててられるので、写真12のように被写体にほとんど影が出ないですね。同じ1灯でも、さきほどよりも、被写体の輪郭がくっきりしたように感じられます。素敵。
■ 写真との出会いからプロになるまで
撮影現場を見学させていただきありがとうございました。もっと見ていたいのはやまやまなのですが……そろそろ i-dee さんの人生についてお聞きしたいです。写真と出会ったのはいつ頃ですか?
小学生のころ野球をやっていたんですが、そのとき、野球のグローブのカタログの写真を見るのが大好きだったんですよ。プロ用のグローブが載ったカタログの写真が重厚感があってめっちゃかっこよかったんです。写真との出会いの原体験かなと思うのはこのカタログの話ですね。大きくなってからも、とにかく写真を見るのが好きでした。特に、ファッション誌の写真ですね。高校生のときから女性誌を読んでいて、モデルさんが可愛いとか、いろんなことを考えていました。
それでカメラマンを志されたのですか?
いえ。そのまま写真を始めるわけでもなく。会社員になりました。数年経って、会社辞めるときに退職金をもらったので、そのお金でカメラを買いました。EOS のフィルムカメラでしたね。でも、撮ってみたら仕上がりに満足できなくて。そこで初めて「 カメラマン 」という職業を意識しました。そのときの俺は変に自意識過剰で……若気の至りなんですけど「 絶対センスある 」って思ってたんです。24 歳のときだったかな、たまたま知人にスタイリストがいたので、どうやったらカメラマンになれるか相談したら、最初はスタジオがいいよと言われたので、そのままスタジオマンになりました。外苑スタジオに2年くらいお世話になりました。ライティングはスタジオマンの時代に覚えましたね。そのあとフリーでカメラマンのアシスタントをして、営業回りをして、仕事を始めました。だから、カメラマンとして活動を始めたのは 20 代後半ですね。
スタジオにいらっしゃったときから、撮りたいジャンルは決まっていたのですか?
はい。学生の頃から好きだったファッションをやりたいと思っていました。でも、ファッションを撮り続けていくうちに、撮らされているのか撮っているのかわからなくなってきました。一体どこまでが自分の力なんだろう……と思うようになりました。
私はファッションのカメラマンではありませんが、たしかに、そういう気持ちになることがありますね……。ところで i-dee さんのインスタは個性全開ですよね。
自分の写真の力がどんなものなのかを見直す必要があると思って、今のインスタグラムに載せているような写真を撮り始めたんです。それが5年くらい前かな。インスタに載せている写真は自分の好きが凝縮されていますね。ファッションのテイストに、ちょっと違う雰囲気が混ざっている感じです。
i-dee さんの写真って、ジャンル分けするのが難しいですよね。
そうなんですよ。ファッションともグラビアとも違うんです。実はグラビアも興味があったんですけど、女の子がニコニコ・キラキラしてる写真はみんなが撮ってるから、そこに俺が今から参入しても仕方ないかなと思っちゃいました。今は、ジャンル分けできないことをいいことだと思っています。だからこそ、いろいろなところに行けるので。
i-dee さんの作品は、女の人の造形が美しく写されているように思います。あとは、作品の1枚1枚に強さがありますね。
形へのこだわりは強く持っていますね。それと1枚1枚が成立している写真が好きなんです。だから意識して1枚でもきちんと成立するように撮っています。
■ i-dee になったわけ
個人的に興味があるのですが、写真のイメージを膨らませるために普段から心がけていることはありますか?
そういうことはあまり考えないようにしています。本や雑誌を読んでも、それを写真に還元しようとは思わないですね。あと、小さい頃から、偏見と思い込みが激しいので、人の言うことはまず聞きませんね。ブレないタイプです(笑)
かっこいいー! (笑)何もしない! という方は初めてです。私は i-dee さんのようにできないタイプなので、うらやましく思ってしまいます。じゃあ、好きなカメラマンはいないのでしょうか?
それはいますよ(笑)Jean-Baptiste Mondino(ジャン・バプティスト・モンディー)とVincent Peters(ヴィンセント・ピーターズ)が好きですね。2人ともファッションを撮っています。光の使い方が綺麗だなと思います。日本のカメラマンなら木村拓哉さんが出ている「 サントリー・リザーブ 10 年・シェリー樽仕上げ 」の広告を撮影された NAKA さんが好きです。マフラーがびよーんってなってる写真なんですけど、当時は、かっこいいなーって思ってみてました。NAKA さんの写真はとても繊細です。一時期ずっと追いかけていましたね。あとは玉川竜さんも好きです。とんがった感じの写真で。
そういえば、大切なことを聞き忘れていました……。ご本名はアラオカヒデアキさんでいらっしゃいますが、なぜ「 i-dee 」さんなのでしょうか?
もともと本名で活動していたんですが、アラオカヒデアキという字面が嫌でした。画数多いし、硬い感じがしませんか。しかも、アラオカって覚えづらいみたいで、全然覚えてもらえないんです。だから、名前を変えて、もっとカジュアルな人間になりたいなと思っていたんです。
名前が変わると人格も変わりますよね。私も結婚して「 大村 」姓になったとき、生まれ変わった感じがしましたね。
あれは 10 年以上前ですかね、フランスの撮影チームのお手伝いをしたんですけど、打ち上げパーティのとき、遠くから「 アイディー 」って聞こえてきたんです。なんのこと? と思ったら、俺のことだったんです。本名のヒデは「 hide 」ですが、フランスは「 h 」を発音しないので「 イデ 」みたいな音になるんです。そのとき、それいいなと思ったんです。「 アイディー 」にすれば英語圏でも通じるし。いま、お仕事は i-dee でやっています。
女性モデルを撮るときに気をつけていることはありますか?
威圧的にならない。不安にさせないことですね。えっ、この人で大丈夫なの、と思われないようにすることが大事ですね。機材トラブルがあったとしてもこっちがテンパらないように。
わかります。大切なことですよね。でも、いきなりはそうなれないですから、現場でそうあるために、アシスタントをしたりして、経験を積むのですよね。
写真が好きな人って、どうも盛り上げることばかり考えちゃう傾向にありませんか? オベンチャラ使って、モデルさんに取り入って。俺は、常に自分でいることが大事だと思っています。下からでもなく、上からでもなく、ニュートラルにいようと。モデルさんにビビらず、普通にしていたらいいんじゃないかなと思います。
■ i-dee さんからのアドバイス
本日使った MG10 はいかがでしたか?
MG10 は GN80 もあるので光量は十分すぎるくらいですね。なにより連続発光させてもオーバーヒートしないのがいい。それとやっぱり電波式コマンダーに対応したクリップオン・ストロボは便利ですよ。今はアシスタントがいないので、手元で光量を変えられるシステムは魅力的ですね。高いところにセットしたライトを下ろさなくていいのがいい。実際、仕事の現場でもクリップオン・ストロボはよく使います。小さいから機動力も上がるし、狭いところでもセッティングができるから、ハウススタジオやホテル、ロケのとき特に便利ですね。いつも2灯持っていきます。アクセサリは使うとするとソフトボックスですかね。現場の地灯りも有効的に使うから2灯もあれば十分です。
クリップオン・ストロボユーザーへアドバイスをいただけますか。
まずは光のバランスが読めるように普段から練習しましょう。写真を撮らなくてもいいから、露出計やカラーメーターを持ち歩いて、朝の日陰の露出がどのくらいとか、色温度がどのくらいとか、ノートにつけることが大事ですね。俺はアシスタント時代にそれをやりました。データが蓄積してくると、光のバランスがわかってくるので、自分がライティングを作るときに役に立ちます。
直射のとき、光が当たっているところで測ったら 1/250 で f11 でも、影になっている部分は f5.6 とか。あと、曇天だとトップは半段高いけど他はあまり変わらない、とか。そういうことですね。
そうです。結局ね、自然の光のバランスを知らないとライティングはできないんです。やったとしても、嘘くさい光になっちゃう。嘘はいいけど嘘くさいのは良くないと思うんです(笑)
意思を持たずに決められたライティングは、バレちゃいますね。
そう。意味もなく違和感を出してくるライティングってどうなの? っていつも思ってます。理解した上で違和感を出すならいいけど……。外が曇っているのに中だけビカビカ明るいライティングとか、何がしたいかさっぱりわからない写真が撮りたいの? ライティングがしたいの? どっちなの? と。よく教本とか Web サイトに「 光を回そう 」とか書いてあるけど、光を回してフラットにするライティングは、ファッションの世界では 10 年くらい前に終わっているんですよね。カメラ業界って、もっと写真の時流をリードしないといけないんじゃないかな。
今後やってみたいことなどありますか?
自分の写真は海外の方がウケると思うんです。いまインスタのフォロワーさんの上位が香港と台北の方で占められています。だからそのあたりにいってみようかと考えています。
香港や台北で撮影された i-dee さんのお写真に期待しています!
■ 制作・著作 ■
スタジオグラフィックス
大村祐里子
■ 協力 ■
スタイリスト:moco
ヘアメイク:ナギサ
モデル:寺田御子