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ナカムラヨシノーブのシネマインタビュー
Osmo Pocketで撮影! 映画『ドロステのはてで僕ら』山口淳太監督に聞く撮影術と裏舞台


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TOPIX

とあるカフェを舞台に、突然2分後の未来にいる自分からモニター越しにメッセージを受け取った男のドタバタ劇を描いたSF コメディ『ドロステのはてで僕ら』が現在公開中。
本作は映画『サマータイムマシン・ブルース』や『曲がれ!スプーン』などでも知られる劇団・ヨーロッパ企画が初めて取り組んだオリジナル長編映画。2分未来とつながった“タイムテレビ”を発端に、未来に興味津々の仲間たちや主人公が思いを寄せる隣人の美人理容師、さらにヤミ金業者に謎の男たちまで現れて大騒動に。
2分未来と現在、そして2分過去までが混在する様子を、全編ワンカット撮影という挑戦的な手法ながら、なんと4万円代で買える DJI の Osmo Pocket で撮影していたという山口淳太監督に、撮影のこだわりや裏舞台をお聞きした。
※本記事は映画のネタバレも含みますので、ご注意ください! by 編集部

Index

1.Osmo Pocketを選択した意図

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映画とても面白かったです。しかもエンドクレジットで流れるメイキング映像で Osmo Pocket で撮影されていたのを見て、自分もプライベートで使っているだけにこのカメラで映画が撮れるのだと感動しました。まずは Osmo Pocket で撮影しようと思われたきっかけを教えてください。
ありがとうございます。そうですね、監督と併せて撮影と編集も担当しているのでスタッフィングや機材も考えましたが、まず全編長回しというコンセプトがあり、かつ劇場作品というのは決まっていたので、お客様が画面酔いしないよう手振れを意識させない作品にしようと思いました。そこでステディカムも頭をよぎりましたが、ロケ地が先に決まっていてすごく狭い空間を行き来しないといけない。人がひとり通るくらいの横幅しかない階段で僕が役者の横をすり抜けて通る必要もあったので、カメラも小型ではないと撮れないと思い、現実的に絞りOsmo Pocketに行きつきました。
Osmo Pocket は以前から使われていたんですね。
はい。Osmo カメラは初代から使っていて、ヨーロッパ企画で公演した『来てけつかるべき新世界』( 2017 )の本CM では、「Osmo Pro」を使い始めていました。ドローンっぽい映像も撮れますし、延長ロッドを付けて伸ばせはちょっとしたジブクレーンの代わりになったんです。みんな騒いでいなかったですけど、「むっちゃいい機材が出てきたぞ!」と当時からドキドキしていて、独自に工夫したらどんどん面白い撮り方ができるのではないかという所から今に至っています。
劇場映画という大きな作品で Osmo Pocket を使用するのは勇気がある事だと思いました。使いこなせているからこそ信頼していたのだと思いますが、どの辺が決め手になったのでしょうか?
4K も撮れますし、他の作品でもこれで撮影していたので、画質に関してはクリアしていると思っていました。あと僕の好みですけど、従来の日本映画よりも 1990 年代のフランス映画っぽくしたかったんです。ノイズの乗り具合もスクリーンで上映するのであれば質感的に好きでしたし、色彩やノイズ等は後から作るのではなく、Osmo Pocket で撮れる画の限界から逆算してこれなら行けるのではないかと思いました。
映像の質感も好みだったんですね。
ええ。あと、この映画は整合性も見られてしまうので、画質的にもあまり細かい部分が見えてしまうよりはこれくらい荒れている方が許容してもらえるのではないかと(笑)。そういう勝算があったのでこれで行こうと思いました。

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2.監督・撮影・編集を一人で担う事でスピーディーに

ワンカットという手のかかる手法ながら監督だけでなく撮影・編集と兼任されてしますが、その意図はどのようなものだったのですか?
今回はインディーズ映画で予算や人員が潤沢ではないのと、撮り方が普通ではなかったんです。通常の映画作りなら、脚本作りをし、芝居を作ってカメラマンとカット割りやカメラワークを話し合っていきます。でも、今回は芝居を作った後に作品の構成上たくさんの複雑な段取りがあったので、カメラマンを用意すると段取りを整理して伝達するのにとても時間がかかってしまい、撮影期間や予算が大幅に足りないなと。それをギュッと短縮するために、芝居を見ながらカメラークを考えつつ、即本番に臨む勢いが必要でした。正直僕の負荷が半端ないだろうという事は撮影前から分かっていましたけど、この企画を成立させたかったので無理したところはあります。
撮り終えて、改めて現場を振り返るといかがでしたか?
正直、めちゃめちゃ良かったです。オールナイトロケで室内劇とはいえ光量が少ない中で撮るのは賭けでしたけど、画質やノイズも想定の範囲内でした。露出はマニュアルモードで設定して、移動しながら撮影しても明るさがガラッと変わる事なくいけたのも良かったですね。これが昼間で色々なところを回っていたら暗部と明部の差が分かれてしまって、特に外と店内を移動するシーンでは無理だったと思いますが、今回ナイターで撮ったことで偶然の産物でした。
ワンカット撮影だけに、カットによってライティングや露出を変えるわけにはいかないですものね。
もう1点いい所が、カメラの圧がなくて自然に芝居ができると、出演者に言われた事でした。業務用のカメラって大きいので、どうしても意識してしまうんですよね。そこを今回は缶コーヒーサイズのカメラで撮っているので、自然に芝居がしやすくて助かったという声が上がっていて、そこは予想していませんでした。

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撮影で特にこだわった部分などは?
この映画は実は疑似ワンカットなので、つなぐシーンは意識して作りました。先人たちの中で一番古いと言われている疑似ワンカットの作品がヒッチコック監督の『ロープ』( 1948 ) で、そこに敬意をはらいたくてファーストカットはオマージュとして似たようなカットから始めています。
疑似ワンカットなんですね! つなぎ目が全く分かりませんでした。
10 ~ 15 分くらいの映像をつないでいるんです。編集としての仕事はほぼそのつなぎの部分で、合成を使わずにいかにつなぎ目を分かりにくく表現できるかでしたし、撮影も逆算しながらでした。
Osmo Pocketのジンバル機能には「 固定モード 」「 フォローモード 」「 FPVモード 」の3種類がありますが、そこら辺の使い分けは?
3種類のモードは全編を通して使い分けています。基本的には「 フォローモード 」でした。動きの多いヤミ金業者事務所のシーンは「 FPVモード 」で、躍動感が出て安定感よりは手持ちカメラで撮っているような荒々しさが出たらいいなと。謎の男が消えていくシーンは同ポジで何もない背景を上からかぶせていっているので、「 固定モード 」でした。
機材構成やアクセサリーは?
純正の延長ロッドの先に Osmo Pocket を付けて、有線でつないだ iPhone をモニターにして使っていました。かつ、黄色いスマホケースを使って役者がカメラを見失わないように、分かりやすくしていました。
スマホケースが黄色いのは監督の好かと思っていましたが、そんな効果があったんですね! そこは盲点でした。カメラは何台か用意されていましたか?
これ1台だけでした。インディーズ映画で予算もかけられないですし、元々僕の私物なので「 壊れてくれるな 」と祈りながら(笑)。深夜に撮っているので壊れたら買いにいけないですし(笑)。

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3.業務用だけではない機材選びのバランス感覚

作品が変ってしまいますが、BSフジで監督されたドラマ『 警視庁捜査資料管理室 』シリーズでは Panasonic の「 DC-GH5S 」を使用されていたのも印象的でした。インディーズ映画等でも使われている機材ですが、業務用の機材でなくとも柔軟に機材を使われているのだと。
そうですね、僕はそういうことを割としがちなタイプだと思います(笑)。BS は地上波よりもデータ量が多く映像が綺麗な放送局なんです。そこで「 BS4K 作品として撮ってください。」と言われましたが、企画書を見たら綺麗な情景を高精細に撮るような作品ではなかったので、違う使い方をしたいなと。「 4K=綺麗な映像 」と思われがちですが、そういう所だけではなくトリミングしても耐えられる利点もあるので、そういう使い方をしたドラマにしたいというのを総監督の本広克行さんとも話し合い、先方にむちゃくちゃ説得しました(笑)。
トリミングができれば編集時の余裕や選択肢増えますし、クリエイター的視点ですね。
現場で機動力も上がりますし、ユーチューバーを参考にあの機動力や回転の速さで深夜の連続ドラマを撮ったら革命を起こせるのではないかと。機動力を上げる代わりにカット数を普通のドラマの3・4倍は撮ってテンポのいいドラマにするので、民生機を使いたいという挑戦でした。今、民間や個人で YouTube をされている人は、従来複数のスタッフで行っていたフローをひとりでやるシステムが出来上がっているんです。それを上手くいいとこ取りしてやっていかないと未来がないというのが僕の考えで、その効率の良さをうまくプロの現場に浸透させて、ハイブリットでやっていけたらいいなと思っています。
本作の撮影も踏まえて映像を勉強中の若いクリエイターに向けてアドバイスをお願いします。
この映画は映像を撮りたいと思ってる方全般に見ていただきたいです。誰でも買える安価な機材で撮っていますので、あとは発想力やチャレンジ精神です。僕にとっては脚本と構造を作った上田誠の発想を描こうという思いがありました。映画を撮りたいと思っても脚本や発想が浮かばない事もありますが、そういう時は仲間を見つけてチームを作り、脚本が得意な人がいたらその人にお任せし、自分に何が足りず何ができるかを客観視できる事が大事だと思います。また、この映画は超邪道な撮り方をしていますが、それでも見てくれたお客様からいい感想をいただけるように育ってきました。これからはそういう時代が来ると思いますし、その証明ができたと思えるくらい自信がありますので、映画を撮りたい方はぜひチャレンジ精神を抱いてください。
最後に、これから映画を観る人に向けてメッセージをお願いします。
『ドロステのはてで僕ら』は、仕掛け映画で、変わった作品なので見ながらつじつまを考えがちですが、お子様から大人まで誰に見ていただいても楽しんでいただける映画に仕上がっています。音響も 5.1 チャンネルに仕上げましたし、没入感が凄いのでぜひ映画館で見ていただきたいと思います。みなさまのいいタイミングでご覧いただけたらうれしいです。
ありがとうございました!

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著者について
■ナカムラヨシノーブ( なかむらよしのーぶ )■ フォトグラファー・映画ライター。日本広告写真家協会(APA)正会員。映画情報媒体を中心に記者カメとして6年間で2,000件以上の取材記事作成のかたわら、映画『アニー・リーボヴッツ レンズの向こうの人生』をきっかけに写真を学びフォトグラファーに。広告や書籍、出張撮影などさまざまなジャンルで活動中。