髭達磨のフォト日記 2017 年 6 月 7 日
ポージングの教科書・番外編その1
モデルへの指示の仕方・方向方角距離
TOPIX
完全に不定期更新日記と化した「 髭達磨のフォト日記 」ですが、1年ぶりの更新です。前回、前々回と1年おきの更新になっていますから、フォト日記じゃなくて年記じゃないかというツッコミはおいといて、さっそく始めましょう。今回のお題は…… 「 ポージングの教科書・番外編その1 」 by 薮田 |
Index
■ ポージングの教科書とは? ■ モデルへの指示は具体的に ■ 方向は手で指示するか上手・下手を使う ■ 方角の指示は時計の文字盤を使う ■ 移動距離は体の部位のサイズが単位 ■ 顔の向きと目線の指示は自分の手を使う |
■ ポージングの教科書とは?
ポージングの教科書?? という読者のために解説しておきますが、私、髭達磨こと薮田は今年 2017 年 2 月に書籍「 ポージングの教科書 」( MdN 刊 )を上梓しました。内容はポートレート撮影のために知っておいて損はない「 ポージングの基礎 」について解説している書籍で、被写体となるモデルはもちろん、一般の写真家の方にも読んでもらえるように執筆したものです。
本サイトの古くからの読者ならご存じでしょうが、髭は 2000 ~ 2009 年までモデル事務所の経営に参画して、毎日のようにモデルの玉子達のプロフィール写真を撮ってきました。その際、ポージングがまだできない女の子達にどうやったら上手にポージングさせられるのか、その上で、どうしたらモデルの個性が引き出せるのかを独自に研究してきました。その成果の集大成として前述の書籍にまとめるつもりだったのですが、ページの都合上そのすべては収めきれませんでした。そりゃまぁ 15 年以上かけてしたためたノウハウですので、当たり前といえば当たり前。出版されてからまだ4ヶ月ですが、個人的には増補版を出したいくらいです(笑)
ポージングの教科書に敢えて収録しなかった大きなネタとしましては、「 表情の出し方 」があります。それはまた別の書籍で書こうと考えていますが、表情以外の小ネタもかなりの数が漏れてしまいましたので、それらの一部をここで「 番外編 」と称して紹介しようと思います。さて、前置きが長くなってしまいましたので、そろそろ本題とまいりましょう。
■ モデルへの指示は具体的に
ポートレートを撮られている皆さんは、モデルに対して立ち位置や顔、目線の方向を示すときにどのような方法を使っていますか? 髭がセミナーなどでお目にかかる一般の方の指示方法で多いのは、「 もっと後ろに下がって 」や「 もっと右を向いて 」といった前後左右を使った指示方法です。前後の場合はあまり問題がありませんが、右、左といった方向指示は、モデルの立場とすれば「 誰を基準にした左右なの?! 」となってしまいます。
撮り手を基準として「 右 」と言ったとき、経験の浅いモデルは緊張していますから、自分基準の右だと考えてしまうかもしれません。撮影現場での曖昧な指示は、結局やり直しになってしまうことが多く、時間を無駄にしがちです。一度の指示で正しく移動したり方向を変えて欲しいときは、具体的に指示を出さなければなりません。
■ 方向は手で指示するか上手・下手を使う
左右の方向を指示するときは、自分の指で方向を指さしながら「 君から観て右( 左 )」と言ったように、必ずモデルの立場に立って指示するようにしましょう。ただ、この方法は万能ではありません。モデルが立って( または座って )いる場合は確実ですが、横たわっているときは通じません。また、顔がカメラの方を向いていないポージングの場合は、撮り手が指で指示しても見えません。
そこで、少し専門的になってしまいますが、これから紹介する舞台用語を撮り手と撮られ手で一緒に覚えて、方向の指示に役立ててみませんか? その舞台用語とは「 上手( かみて )と下手( しもて )」です。
舞台を観客席から観たとき、右側を上手、左側を下手と呼びます。舞台に立っている演者からすれば、客席を眺めたときに左側が上手、右側が下手です。つまり上手と下手は主観的な方向ではなく、絶対的、客観的な方向が決まっている、というわけです。
ポートレート撮影では、モデルである撮られ手がステージに立つ演者、カメラを持つ撮り手は客席から撮影する、という位置づけです。このことを撮り手と撮られ手の両者がお互いに理解していれば、撮られ手がどんな状態でポージングして( 俯せで横たわって )いたとしても、カメラがある側が客席だと理解できれば方向で迷うことはありません。
昔は歌舞伎や能の舞台は客席から観て北側にくるように設計されました。舞台が北だとすると客席から観て右が東、左が西です。お陽様が登る東( 右 )が上手、沈む西( 左 )が下手と覚えると良いでしょう。また、オーケストラのステージでは、ピアノは響板の開く方向の関係で必ず下手に設置されます。このことから、上手下手を覚えるのに「 ピアニシモ」という音楽用語が使われます。本来ピアニシモ( pianissimo )は、「 とてもソフト 」という意味ですが、「 ピアノは下( しも )」と語呂合わせで覚えるわけです。
■ 方角の指示は時計の文字盤を使う
場所を移動せずに方角を指示するときは、アナログ時計の文字盤で方角を示すと良いでしょう。モデルの位置を中心にしてカメラがある位置が「 12 時 」だと考え、時計回りに 90 度であれば「 3時の方向 」、反時計回りで 90 度であれば「 9時の方向 」といった具合です。たとえば撮られ手がカメラを観て立っているとき、体の向きを 60 度くらい下手に振ってもらいたいと思ったら、「 2時の方向を向いて立って 」と言うわけです。撮られ手がカメラの方を向いていないときには、「 今向いている方向を 12 時として 10 時の方を向いて 」といった感じでも使います。
時計の文字盤を使った方角の指示方法は、初めのうちはこうした指示方法に慣れていない撮られ手が戸惑うかもしれませんが、慣れてくると角度を数値で指定するよりも正確に方向転換できるようになります。45 度や 90 度といった頭でイメージしやすい角度であれば誰でも比較的に正しく回転できますが、30 度( 1時間分 )や 60 度( 2時間分 )となると人によって誤差が大きくなりがちです。特に女性でその傾向が大きくなります。頭に時計の文字盤がイメージできるようになれば、1時( 30 度 )の方向とか、4時( 120 度 )の方向というだけで、すぐに方向が理解できるようになるはずです。また、単に 30 度では右回転か左回転かわかりませんが、10 時といえば感覚的に誰もが自分を中心にして左にほぼ 60 度回転してくれます。上手・下手とともに覚えておきましょう。
■ 移動距離は体の部位のサイズが単位
立ち位置や手を置く位置を移動させるときは、「 もうちょっと 」といった曖昧なものではなく、モデルにわかりやすい「 具体的な長さ 」を指示します。それには、モデルにモデル自身の体の部位のサイズを意識させます。
たとえば、立ち位置を移動させる場合は、モデルの「 足 」( 脚ではない )のサイズを基準にします。前後方向に移動するときは「 靴( 足 )ひとつ分だけ前( 後 )に 」といった具合です。この言い方は前後だけではなく左右でも使えます。特に詳細を打ち合わせていなくても、人間は横方向なら足の横幅、前後方向なら爪先から踵までの長さで意識するはずです。
足のサイズよりも遙かに大きく移動させたいときは、「 歩幅 」で移動させます。前後に移動させるときは「 小さく( 大きく )一歩、前( 後 )に 」、左右に移動させるときは「 上手に二歩移動して 」、または「 下手に肩幅で一歩 」といった具合です。行きすぎたとき、または足りないときは「 足のサイズ 」で微調整させます。手の置き場所を移動させるときは、「 手のひら2個分 」といった具合です。
移動に際して、センチメートルといった長さの単位を使わないのは、時計の文字盤と同じで、髭の今までの経験則からです。10cm と指定しても人によってかなりの誤差が出ます。これも、女性でその誤差が大きくなる傾向があります。
■ 顔の向きと目線の指示は自分の手を使う
さて、ポージングの教科書・番外編その1の最後は、顔と目の向きの指示方法をご紹介しましょう。
モデルの顔の向きと目線の向きを細かく指示したいとき、皆さんはモデルさんに対してどんな指示をしていますか? これもポートレートセミナーで一般の方のやりかたを拝見していると、前述のように「 ○○を見て、目線ちょうだい 」といった感じがほとんどですね。結果がオーライならそれで構わないのですが、狙ったイメージにできる限り近づけたいと思うのであれば、これから紹介する方法を使ってみてください。
まず人物の表情を豊かに描くための基本として、顔と目線の向きは別々に指定する必要があることを覚えておいてください。そのためには、「 鼻の向きを指定 」してから「 目線の向きを指定 」します。
・鼻の方向を指定して固定させる
・続いて目線の向きを指定する
顔の向きではなく「 鼻の向き 」です。当たり前のことのようですが、実はこれが地味に効果があります。「 顔を○○に向けて 」と指示すると、ポートレートに慣れていないモデルさんだと、○○の方向を目だけで見ることがあるため、「 鼻 」を向けさせるようにします。言い換えれば「 鼻で見る 」わけですね。そしてその方向で「 鼻 」を固定させ、続けて「 目線 」を別のところに向けてもらいます。慣れていないモデルさんだと、「 目線 」を指示したときに顔( 鼻 )もその方向にもってきてしまうことがあるので、優しく指示し直してくださいね。
では、「 鼻と目線 」の向きを指示する方法を図を使って具体的に紹介しましょう。
1)撮られ手を前にカメラを構えて構図を決めたら、そのまま一度シャッターを切って、これから撮る画を撮られ手に見せます。これは、撮られ手に構図をイメージしてもらうことで、ポージングの指示が意図することを理解してもらうためです。
2)顔を向かせたい方の手で鼻の方角を指示します。髭の場合、「 鼻 」を指定するときは手をグーの形にして「 鼻をグーに向けて 」と指示します。モデルさんが指定した方向に鼻を向けたら「 鼻の向きはそのままにして…… 」と言って次の指示を出します。
3)「 目だけで指を追いかけて 」と言いながら目線をもらいたい方向を指で指示します。髭の場合、目線のときは指を1本立ててゆっくりとカメラにある方へ目線を誘導します。鼻の向きと目線の向きが狙ったイメージになったら、声をかけながらシャッターを切ります。
鼻の向きはグー、目線の向きは指を立ててと手の形を変えるのは、モデルさんに今どちらの指示が出ているのかをはっきりと認識してもらうためです。また、顔の向きはある程度アバウトでも構いませんが、目線はピンポイントで移動してもらいたいから、という理由もあります。3)の手順で一本指をゆっくりと移動しているのは、狙ったイメージに限りなく近づけるためと、目線が移動している最中は、止まっているときよりも自然な( 目 )の表情が狙いやすいからでもあります。
以上でポージングの教科書・番外編その1はおしまいです。「 その1 」と書いたように、多分、おそらく、きっと、「 その2 」があります。もしかしたら「 目線の違いで変わる表情 」とか、そんなのを書くかもしれません。期待してお待ちください。
■ 制作・著作 ■
スタジオグラフィックス
薮田織也事務所
■ カバーモデル ■
蒼乃 ありす