大村祐里子の
プロ写真家に聞く ライティング術 第4回
癒やし系ストイック? あきりん氏に聞く
クリップオン・屋外ライティング術
Text:大村祐里子 モデル:Amanda Brown 衣装:松 ヘアメイク:石原桃子
TOPIX
クリップオンストロボを使って魅力的な作品をつくりだしているプロ写真家に、私こと大村祐里子がインタビューをして、ライティング上達の極意を教えてもらっちゃおう! という連載企画の第4回目は、プロ写真家あきりんさんです。儚く洗練されたポートレートが多くの人を魅了。いま、写真愛好家の憧れの存在 No.1!と言っても過言ではありません。今回ご縁があって、まさかのご自宅での撮影に潜入させていただけることになりました。気前良くご自宅に招き入れてくださるなんて、心が広い……! お茶菓子を持っていそいそとお邪魔した取材陣。貴重なあきりんさんの撮影風景を、とくとご覧あれ!( 大村 ) |
■ 癒やし系ストイック・フォトグラファー
写真家:あきりん氏ファッション、ビューティー、コマーシャルフォトに通ずる、洗練された作風のポートレートで知られる。SNS、写真展などを中心に、精力的に作品を発表し続けている。自身の HP では諸々のチュートリアルも掲載。 |
わたしは、あきりんさんのお名前を知るよりも先に、氏の作品をインターネット上で拝見してました。そのとき「 見たことのない雰囲気の写真だな 」と思った記憶があります。ファッション? ビューティ? コマーシャルフォト? ポートレート? どれでもあり、どれでもない……。掴めそうで、掴めない。その後もあきりんさんのお写真をウォッチし続けたのですが、似たような雰囲気の写真が多く溢れる世の中で、あきりんさんの写真は、常に不思議な存在感を放っているように感じられました。一体この写真を撮っているのはどんな方なのか……? 技術的な面ももちろんなのですが、その人となりに大変興味を抱いたまま、取材当日を迎えました。
■ ほわわわわんと、あきりんさん登場
都内某所、閑静な住宅街をトコトコと歩き、あきりん氏の事務所の前に到着……えっ、なんか変わった住宅、というかマンション? 玄関がエレベーター? 取材陣全員でポカンとしていると、ゆ~っくりとあきりんさんの登場。
は、はじめまして。大村です。
あっ……はじめまして……。あきりんです……。どうぞ……エレベーターに乗ってください。
写真2 あきりん氏の事務所
えっ、なに、どゆこと? マンションのようでいて、エレベーターはあきりんさんの部屋への専用便? なんかすっごい広いっ。しゅ、出版社にあるようなバックナンバーをストックできる書架があるっ! うわっ、写真集がいっぱい! な、なん部屋あるのよっ! もしかしてセレブっ? さては大物実業家? ちょ、長者番付一桁台?
あきりんさんの第一印象は、スタイル良し! モデル体型! わたしとは対照的な霊長類ホモサピエンス!( 笑 ) なのに会話はゆっくり・まったりの癒し系。早口のわたしに比べると 1/3 くらいの速度。作風や事務所を拝見して、チャキチャキした実業家タイプを勝手にイメージしていたのでビックリ。
写真3 屋上で撮影準備
今日の撮影は……屋上で、やりたいと、思います。
へっ? お、屋上? ( 屋上まであるんかっ! そ、それもあきりんさん専用かいっ! )あの~、取材の流れとはまったく関係がないんですが、私のうしろにいる人は京劇の売れない役者さんですかい?
あ……怪しいかもしれないですけど……気にしないでください。今日の撮影の、お手伝いさん……です。
( ん? 光のポートレート撮ってるシャイな写真家に見えるんだけど……、まっ、人違いってことで、今はそれとなく無視したろ )
ところで、ここに置いてあるベニヤ板と流木はなんですか?
その板は、ベニヤ板を黒く塗った黒板で……、流木は……んー、いただきものです(笑)
いただきもの……!?
と、私の質問への答えもちゅーとはんぱにしたまま、あきりんさんは撮影のセッティングをテキパキとはじめちゃいました。話し方はゆ~っくりなのに……。しかし、あきりんさん、腕、ながっ!
■ トップライト大好きあきりんさん
あっという間にセッティングが終わりましたね~。今日は Nissin Di866 Mark II にソフトボックスにつけて……メインライトはやや上から照射する感じですね。Di866 Mark II には AirR がついていますね。それを Air1 で遠隔操作されるわけですね。
僕は、大体、いつもこのセットで、撮影してますよ。
おおおお、モデルさんの登場!
( 背、たけーーー! 体、ほせーーー! 脚、なげーーー! )
およよよよよよ……。
?? では……この黒板の上に、モデルのアマンダさんに、寝っ転がっていただきます。……あっ、黒板の上は意外とあったかいんですよ……。どうしたんですか? 大村さん?
ほえっ? あ、ああ、いや、同じ人類かと疑わしく……いやいやいやいや、私自身が人類なのかどうか疑わしく……ちがちがちが、世の中神様って本当にいるのかなーって……。
……?? え~と、僕は脚立に登ります。上から撮影するわけですよ。
危ないので後ろ支えてますね。( 脚で…… ) モデルさんカッコイイなぁ。ゴールドのアイメイクに、紫のリップ。オシャンティー。今日の作品は一体どういうテーマなのでしょうか? 撮影風景だけ見ると、スーパーモデルが岩盤浴をしているようですが……。
( 岩盤浴……? )えーと……、今日は、「 トップライトを使った作品をつくる 」ことをテーマにしています。自分は、トップライトが好きなので。そこで、今回のようなセットを考えてみました。あと、女性にトップライトを使った写真を、あまり見かけないので、その、挑戦してみたいなと、いう気持ちがありました。
トップライト……つまり、モデルさんの上の方から当てる光のことですね。そんな風に、いつもテーマありきで撮影しているんですか?
そうです。毎回撮影にはテーマ、というより「 課題 」を設けています。「 今日はトップライトの勉強をしよう 」という感じで……。僕にとっての撮影って、課題をクリアするためのものなんです。
やだ……、あきりんさんてば、ストイック……。
トップライトについて、詳しくライティングの方法を教えてください。
ご覧の通りにスタンドを使って、モデルさんの頭側からソフトボックスでライティングをしています。ポイントですが……四角いソフトボックスはモデルさんに直接当てると顔に綺麗なハイライトが出ないので、光の芯( 光の中心部 )を顔から少し外して、お腹くらいに向かってライトを当てると、綺麗で滑らかなハイライトが顔に出ます。
屋上で撮影をしていることは何か意味があるんですか?
今日は曇りです。曇天の太陽光をフィルライトとして全体にあてようと思ったので、室内ではなく屋上にしました。天然のディフューザーボックス状態ですよね。
フィルライト……環境とか空間を満たす光……要はキーライト( メインのライト )を当ててできた被写体の影を弱めるライトですね。
でも、考えていたより明るい曇りですねー。フィルライトとしてはちょっと強い感じです。少し遮光した方が良さそうなので、大村さん、この板で遮光していただいてもよいですか? 浅……じゃない、京劇の人も、片方を支えてください。
真上からフィルライトを当てたいから、正午から撮影を始めたんですね。ナルホドナルホド。撮影風景は事故現場で監察官が検証してるみたいなんですけど、それからは想像できないくらい美しい写真に仕上がってますね!
屋外だから、ストロボを使わないで、太陽光だけでも撮れますけどね……。でも、写真 10 で見比べてもらえばわかるように、ストロボを使わない写真( 左 )だと、のっぺりして面白くないものになりがちですね。
本当ですね。ストロボと太陽光の併せ技で、美しい写真に仕上がってます。そういえばカメラはファインダーを覗かずにライブビューで撮影されていましたね。いつもそうなのですか?
ライティングをするときは、ライブビューが多いですね。拡大してピントの山が見れるので。AF を使うときでも、今日は脚立に登って見下ろして撮る姿勢なので、ライブビューじゃないと大変でした。あと、ファインダーを覗いていないと、モデルさんの目を直接みて会話ができるというのも、ライブビューの大きなメリットですよね。
なるほど。後ろから液晶を見ていて気付いたんですが、かなり絞って撮影されてましたね。
今回、モデルさんのヘアの立体感とか、解像感を大事にしようと思ったので、絞り値は f/9 まで絞りこんでみました。
■ チームで創る作品
あきりんさんは作り込んだ作品が多いですが、現場でメイクさんにあれこれ指示をされるのですか?
ほとんど、お任せ状態です。今日の場合は、メイクさんに事前に「 黒板を使います。そして寝っ転がるからそれに耐えられるヘアスタイルで 」とだけ伝えて、ビジュアルイメージを考えておいてもらいました。
いつもあきりんさんから言われて、なんとなくイメージは作ってくるのですが、色や配置は当日モデルさんを見てから決めます。今日は衣装がシンプルなので、ポイント的に色をもってきてもいいかなと思いゴールドとパープルを使ってみました。
展示用の作品撮りのときなど、自分が作品として全てをリードしなければならないときは、ヘアメイクに対してもガッツリ指示しますけど、今日は僕の作品というより、みんなで力を合わせてつくるもの、という感じで考えていたので、そういうときは、各自のやりたいことを大事にしています。ヘアメイクのモモちゃんのブックに残せるような作品にしたいなあと。
チームであることを大事にされているのですね。この衣装も素敵。そういえば、衣装もいただきものだって仰ってましたけど、謎のいただきものシリーズが多いですよね(笑) あ、背景に黒い板を利用したのはなぜですか? これもやっぱりいただきものですか?
ベニヤ板は、いただきものじゃないです(笑) 寝っ転がったモデルさんの背景に黒い板があればと考えていたときに、ベニヤ屋さんに行って半面だけを黒塗りしたんです。半光沢の黒なので、適度に光ってグラデーションが出て綺麗なんじゃないかと。
発想が面白いですね。たしかにライトが当たった部分が、青っぽく不思議な色合いになって綺麗です。
■ いただきものの流木編
ゆっくりと黒板の1枚を持ち上げ、立てて、その前に流木をいくつか置いたあきりんさん。ストロボは3灯使用。スモークマシンもあるぞ……?
なに、このステージ(笑) やだ、なんだかちょっとワクワクしますよ。あきりんさんってば。
今度は「 流木 」をテーマに撮影しようと思います。流木の間からモデルさんが覗いているイメージで撮ろうかなと。大村さんはどいてください(笑)
あっ、はい……。
ストロボは3灯用意しました。まず、モデルさんの顔に当てるメインライトには、Cactus のソフトボックスをつけました。これにグリッドを装着して、光の直進性を高め、背後の光と干渉しないようにしています。他の2灯は、それぞれソフトボックスをつけて、モデルさんの背景に向けてライティングをしています。これが被写体の輪郭を際だたせるためのリムライトです。
リムライトにしている2灯には、向かって左側にオレンジを、右側にシアンのカラーフィルターを装着してますね。これが高級感を演出してるんですね。私はあまりカラーフィルターを使わないので、後学のために教えていただきたいのですが、あきりんさんはカラーフィルターの色をどうやって選んでいるのですか?
自分の写真は、色合い的にシアンが合うんですよね。すると、シアンと補色関係にある黄色から赤色も合うことになります。ということで、今回はシアンとオレンジを選びました。他によく使うのはブルーや赤ですね。……スモークも焚こうかな……。
なるほど~……えっ? スモークマシンがあるんですか?
変な形をしている流木の間から、スモークが出ていたら、面白い気がしません? よし焚きましょう。
あきりん先生大変です! 風向きで、スモークがモデルさんの方へいきません!(汗)
屋外ですしね( 遠い目 )
そんなこんなでできあがった作品がこちら。屋上だとは思えません。
■ フォトグラファー・あきりんさんが誕生するまで
こんなに撮影をお手伝いした取材ははじめてです(笑) 一段落ついたところで、あきりんさんの人となりについてインタビューさせてください。そもそもなぜ、写真を始められたのですか。
自分は……もともと仕事が IT でして、2011 年に税金対策のため初めてカメラを買ったんです(笑) それが写真を始めたきっかけですね。そこから1,2年はなんとなく……風景を撮っていました。パパがデジカメをもっている……くらいの感覚でしたね。
最初は風景だったんですかぁ。今はポートレートがほとんどですよね。風景からポートレートへ、これはなにか理由があるのですか?
ポートレートを選んだ理由は……人間観察が好きだからです。会ったことのない人に会いたいですし……いつも面白い人を探しているんです。人物写真ってその口実になるじゃないですか(笑)
写真業界、撮る方も撮られる方も、変わった人が多いですよね。人のこと言えないですけど。あっ、良い意味で変わってるってことですからねっ!(笑)
そうそう。写真業界の人とつきあってると、飽きないですよね。自分はそういうところにも面白さを感じているんですね。とにかく変な人(笑)に興味がある。
あきりんさんは、いろんなタイプのモデルさんを撮られていますね。どの人が彼女なんだろう(笑)……って思って観てますよ。
いやいや……いやいや(笑) まぁ、基本的に撮らせてもらえるなら誰でも、というスタンスです。好みは一応あるんですが……味のある顔が好きですね。綺麗な顔とかスタイル、というよりは、なんか味のある顔(笑)がいいんです。人間的に興味深い顔の人。
そんなあきりんさんのポートレートは、ファッション的で、世界観が非常に明確だなと思うのですが、何かに影響を受けていらっしゃるのですか?
ロサンゼルスに行った時……、美術館で Herb Ritts の写真展をみたんです。そのとき、ポートレートなのだけどファッション的で、意味のわかんない(笑)ポージングをして成り立っている、こんな世界もあるんだなと気がついたんです。そして、自分は……、こうやって作りこんでいく世界が好きなんだなと思ったんです。そこで、いまの作風に目覚めました。そして、友達にポーズをとらせて撮るようになったのがはじまりです。
■ ストロボとの出会い
ストロボを使われるようになったのはいつですか? そのきっかけがあれば教えてください。
2014 年の 2 月ですね……。ストロボ歴は結構短いんですよ。だけど、あれは忘れもしない衝撃でした……。ずっと、コマーシャルフォトに載っているような写真がどうやって撮られているかわからなかったんです。ストロボを当てたらああいう写真に仕上がる、という発想が僕になかったんですね。当時、ストロボというと、カメラの内蔵ストロボのイメージしかなくて。コマフォトはレタッチだけで雰囲気を仕上げているのだと思っていました。ある日、知り合いのモデルさんに「 ストロボを使ってみたら? 」と言われて、試しにクリップオンストロボをレフ板にバウンスさせてみたら……「 これじゃん! 」ってわかったんです。そのときの写真がこれです。
おおっ! これは、ざ・ターニングポイントですね。そこからは独学で勉強されたんですか?
はい……。実家の空き部屋をスタジオっぽくして、機材をそろえて、クリップオンストロボでいろいろと練習しました。ライティングの原理がまったくわからなかったので、とにかく実践したり調べたりで学んでいきました。特に海外の記事を参考にしましたね。作品として撮れるようになってきたかな、というのは本当に最近の話ですね。
それで海外の本がたくさん置いてあるんですね。わー、当たり前だけど全部英文だー。そういえば、撮影中もアマンダさんと英語で会話されていましたけど、あきりんさんは帰国子女なんですか?
違います、違います(笑) 昔、付き合っていた彼女に「 英語が話せるようになりたい 」といったら、「 あなた、1年前も同じこといってたよ 」といわれて、それがすごくショック……だったんです。僕、1年もの間、口だけだったのか?……と。それってクズじゃん……と。あまりに格好悪いと思ったので、同時通訳の人がやっている謎の英語学校に1年間通いました。1日1時間勉強するという制約を設けて、旅行中でも必ず勉強しました。それで多少は喋れるようになったんです。
えー! 超ストイーーック! 普通そこで自分のことをクズって思えないですよね。わたしだったらずーっと気がつかないクズのままですね(笑) あきりんさんの自制心がすごい。何事も極めていくタイプなんですね。
そ、そう……ですね(笑)
■ あきりんさんがクリップオンを使う理由
あきりんさんが、クリップオンストロボを好んで使われる理由を教えてください。
初めてストロボを使ってみようと思ったとき、いきなりモノブロックを購入するのはハードルが高かったので、クリップオンストロボを一つ購入して試してみたんです。それがまた……使えるのなんの。スタジオワークよりもロケーション撮影がメインの自分にとっては、電池駆動で持ち運びもしやすいので、一気にクリップオンストロボに心が傾いてしまったわけです。
初めて買ったクリップオンストロボ、それが本日使われていた Nissin Di866 mark II ですか?
はい。いまは Nissin Di866 mark II の3灯体制です。
ところで、今回使ったクリップオン・ストロボの Nissin Di866 mark II とコマンダーの Air1 、レシーバーの AirR を使った感じははいかがでしたか?
電波式でストロボを遠隔操作できるのって、ほんとに便利ですね。いちいちストロボがある場所まで行って光量調節をしなくていいので、モデルさんのテンションに水を差さずに撮影できるのが何より良いです。撮影に集中できます。
■ 理想とする写真は3つ
何事もストイックに追求していくあきりんさんですが「 これが理想! 」という写真はなんですか。
理想の写真は3パターンあります。それぞれをいまは少しずつ磨いている状態ですね。1つめは、絵画的な写真。Gregory Crewdson のような、雰囲気のある写真。0から写真を「 つくる 」感じ。2つめはファッションやコマーシャルフォトのような、単純に洗練されている、1枚として力のある写真ですね。3つめは、いつも自宅で撮っているような……その人との関係性が色として出ている写真ですね。さきほども言いましたけど、自分は人間に興味があるので、そこが得意なんじゃないかと思っています。
理想が、いろいろですね。まさにカオス(笑)
カオスあきりんとでも呼んでください(笑)
最後になりますが、アマチュアのクリップオンストロボユーザーへ、なにかライティングが上達するアドバイスをしていただけますか。
クリップオンストロボは、自然光より簡単だと思います。アクセサリを使って、自然光が入らない真っ暗な状態で撮影をすれば、完全に光をコントロールできます。騙されたと思ってやってみてください。難しいと思われがちだけど、僕は自然光で撮る方が遥かに難しいと思います(笑) 太陽と違ってストロボは動かないですからね。あと、クリップオンストロボでも、ファッション、ビューティーっぽい写真が撮れるということもぜひ知っていただきたいです!
ありがとうございました!
■ 制作・著作 ■
スタジオグラフィックス
大村祐里子
■ モデル ■
Amanda Brown
■ ヘアメイク ■
石原桃子
■ 衣装協力 ■
松