大村祐里子のこの写真どうやって撮ったの?
第1回目 ゲスト黒田明臣氏
Text:大村祐里子
TOPIX
突然ですが、スタジオグラフィックスにて新連載を開始することになりました。タイトルはズバリ「 この写真どうやって撮ったの? 」です。2014年から連載中の「 プロ写真家に聞くライティング術 」の続編ではなくて、別コンテンツです。 「 プロ写真家に聞くライティング術 」(※終了してはいません)は、写真家さんの撮影現場にお邪魔してお話を伺う形式でしたが、「 この写真どうやって撮ったの? 」は、写真家さんが過去に撮影した写真を拝見しながら、ライティングや人生観を伺う内容です。 正直、内容の違いはそこだけなのですが……「 この写真どうやって撮ったの? 」は、月1( 努力目標 )くらいの更新予定です。この連載を始めることで、ご紹介できる写真家さんとライティングの話をもっともっと増やしていきたいです。 ……と宣言して自分でハードルを上げていくスタイルです。( 大村 ) |
Index
■ インタビューにあたって ■ 写真の前でインタビュー開始 ■ 具体的なラインティングについて ■ ⿊⽥⽒によるライティング解説 ■ ⾃然なライティングについて ■ 写真と⼈間性 ■ 最後に ■ 大村祐里子のインタビュー後記 |
大学在学中よりウェブディレクター・フリーランスのエンジニアとして活動。大手ネットエンタテイメント企業数社で、システム設計を担当し、独立。独立後、クリエイターのマネジメントと制作業務を主事業として株式会社XICOを設立。プライベートで制作した写真作品が国内外のコンテスト入賞などによる評価を経て同社にて商業写真撮影を開始。現在は、広告や雑誌、企業のビジネス写真を中心に活動。カメラ誌や書籍での執筆をはじめとして、写真撮影・レタッチ・ライティングに関するステージ登壇活動なども行う。独学で学んだテクニックや方法論を中心に講義。個人作品を継続的に制作・発表している。
■ インタビューにあたって
さて、「この写真どうやって撮ったの?」の記念すべき第1回目は、”あきりん”さんこと黒田明臣さんにお話を伺います。2016年の「プロ写真家に聞くライティング術」以来のご登場となります。私と同じ歳で、イベントやお仕事で時々ご一緒させていただくことがある黒田さん。しかし、きちんとお話したことはほとんどなく、一方的に要所要所でお名前を拝見しているだけ……という状況が続いておりました。2年前のインタビューでは、黒田さんのことをいまいち掴みきれずに終わったと感じていたのですが、時間が経ち成長した(はずの)今の自分ならば、黒田さんのことをきちんと理解できるであろう、という期待感のようなものを持って今回のインタビューに臨みました。インタビュー場所は、ニッシンジャパンのスタジオ1です。
■ 写真の前でインタビュー開始
今日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。このセッティング(笑)
本日、ライティングについて伺いたいのはこちらのお写真です。ニッシンジャパンの部長さんが「この写真をぜひ取り上げて欲しい」ということで、このようなセッティングになっております。
次に登場する人も、写真をプリントしてその前でトークするというスタイルだと気まずいですね(笑)
このスタイルはおそらく今回だけです(笑)。第1回目ということで、手探り感が満載となっております。早速ですが、こちらの、おばあちゃんが男性の頭を撫でているような写真はどのように撮られたかをお聞きしたく思います。これは、いつ頃に撮影されたものでしょうか?
2015年です。友達7人と海に行った時、途中で伊豆にある自分のおばあちゃんの家に寄って、その時に撮りました。
あっ、黒田さんのリアルおばあちゃんなのですね。私は、この写真を拝見した時に「 すっごく黒田さんらしい! 」と思いました。世間的には「 意外 」と思う方のほうが多そうですが。
そうかもしれません。放っておくとこういう写真ばっかり撮ります。
このシチュエーションってなかなか思い浮かばないと思うのです。具体的なライティングについてお聞きする前に、なぜこのシチュエーションを撮ろうと思ったのかお聞きしたいです。
もともと、おばあちゃんが全く知らない赤の他人の頭を撫でている、というか赦しているようなシーンが頭の中に浮かんでいました。
浮かんだきっかけはあるのですか?
ハンターハンターの蟻編を見ていた時に浮かびました。こういうものって特に理由なく思いついたりするじゃないですか。オレはそういう言葉では説明できないような思考パターンを大事にしています。
■ 具体的なライティングについて
黒田さんはどういう順番で撮影をすすめていきますか?
ケースバイケースですけど、この当時は背景から決めることが多かったように思います。
この和室は趣があっていいですよね。どうしてここに?
趣ありますよね。和室にこだわっていた訳ではないのですが、高齢の祖母に移動してもらうのも悪いですし、撮影イメージとも合っていたので。
背景の次は何を考えましたか?
あとは被写体に入ってもらって撮影するだけなのですが、このケースではライティングが複雑ですぐ決められなかったのもあり、セッティングが決まるまで友人に代わりのモデルをしてもらいました。
次はいよいよストロボのセッティングですね。
はい。ストロボの光量調節に関しては、まずフィルライト( 環境・空間を満たす光 )をセットして、不自然ではないかを見てから、他のストロボを投入してバランスを考えていきます。バランスがおかしい場合に背景を変えることはあまりないです。そういう場合は、ライトの位置や被写体の顔の向き、自分の位置を変えて調整していきます。
このお写真は、まるで自然光のようですが、よく見るとおばあちゃんの顔周りなど、明らかにライティングされている箇所もありますよね。ズバリ、この写真のライティングが、どのような順番で行われたのかを教えてください。
この日は曇りで室内は真っ暗でした。自然光っぽいですけど、ほとんどがライティングです。結論から言うとDi866を4灯使っています。
■ 黒田氏によるライティング解説
ありがたいことに、作品ができあがっていく過程が写真に残っているということで、そちらを見せていただきながら、黒田さんにライティングのプロセスを解説していただきます。
縁側が暗かったので、まずは縁側を照らすためのストロボの位置と、光の入り方を調整しました。縁側の向かって右奥に、スタンドに立てたDi866を置き、70cm×70cmのボックスをつけて縁側の手前に向かって照射しています(A)。これは不自然だったのでボツにしたものです。
こちらは自然ですね。
はい。結果的に用意したボックスは、画面から左手側の縁側に配置しました。そこから画面右側に向かって照射しています。これによって、縁側から畳に入ってくる光を演出できました。次に、被写体の2名を薄く照らすために、60cmの傘(シルバー)をつけたDi866を手前から被写体に向けて照射しました(B)。
向かって右側にある木の壁が真っ暗で、のっぺりとした印象が退屈に感じました。そこでメリハリをつけるため、蛍光灯があたっているようなイメージをもって壁を照らしています。これは、スタンドに立てたDi866に70cmx70cmのボックスをつけて、壁に向けて弱い光量で照らしています。(C)。
おばあちゃんに入ってもらいます。
最後に、被写体となる二名にフォーカスした光を演出するために、Di866に70cm×70cmのボックス(グリッド付き)を使用しています(D)。
これは友人にスタンドを手持ちでもってもらいながら真上から照射しています。照射範囲が広くなりすぎないようにグリッドをつけて指向性をもたせました。完成画像では、すこしそれぞれの光量を最終調整したり、ふすまの位置を移動したり、レタッチを施したりして理想のイメージに近づけています。
こちらが完成版です。
完成版だけを拝見すると、ライティングは自然光+アルファくらいの感じなのかなと思いましたが、こうやって過程を拝見すると、かなりライティングされていることが分かりますね。光のバランスがとても自然です!
イラスト : 大村祐里子
■ 自然なライティングについて
こういった、自然なライティングをしてみたい方へのアドバイスがあれば教えてください。
明るくしすぎない、光量を上げすぎないことを意識したら良いのかなと思います。この写真も全体的に光量は弱めです。派手な方がストロボっぽさは出ますけど、輝度差( 明るさの差 )をもっと落ち着かせても良いのではないでしょうか。
自然なライティングをするためには、光の「 方向性 」が大切だと思うのですが、光の方向性について意識されていることはありますか?
この場合は、背景にある窓から入ってくる光の方向性だけに縛られすぎても面白くないですね。オレは、いつも、ある種の不自然感は欲しいと思っています。形容するなら、自然光っぽいけど、ちょっとした違和感を残している、というものを目指しています。だから、手前からおばあちゃんの顔を照らす、という工夫をしています。
■ 写真と人間性
私見ですが、さきほどのお話は黒田さんの作品に共通しているような気がします。綺麗だけど、どこか違和感があるのです。そして、その違和感が面白いのです。上から目線な感じで申し訳ないのですが、それが黒田さんのご活躍の理由なのかなと勝手に分析しています。
以前のインタビューの時は、自分の写真が何なのかとか考えたこともありませんでした。あの時は、とにかく好きに写真を撮っていた時期ですね。今年に入ってようやく、自分の写真が何なのかということを自然と考えられるようになり、答えもうっすら見えてきています。現時点で見えているキーワードとして「 違和感 」や「 矛盾 」といったモノが大きな要素を占めているので、おっしゃるとおりだと思いますね。
気付かれたんですね。
人間の面白さは「 違和感 」にあると思っています。人間って矛盾している生き物じゃないですか。でもその矛盾していることが自然という。それってとっても違和感のある状態だと思うんですよね。オレはそういうことを写せたらなと思っています。
私、黒田さんが男性を撮った写真にそれを強く感じます。
鋭いですね。男性を撮るのが好きだし、得意な気がします。
黒田さんの撮る男性の写真からは、カッコいいけど、どこかカッコ悪さみたいなものを感じるんです。あっ、悪い意味じゃないですよ。たとえば、ペスさん( ※黒田さんの写真に度々登場するスキンヘッドの男性モデルさん。今回の写真で頭を撫でられている方 )はコワモテですが、家はファンシーグッズで溢れているのでは、みたいな想像を掻き立てられます。
ペスさんは実際にそういうところがありますね(笑)
一方、女性に対する黒田さんの視点は、研究者っぽく感じます。
例えばカメラでもスマートフォンでもソフトウェアでもなんでも、何か新しく使いはじめと「 この新機能を知りたい 」「 こうしたらどうなるんだろう? 」「 試してみたい 」みたいな知的好奇心がわいてくるんですけど、使い慣れてくると結局、最終的に決まったものしか使わないみたいなことは多々あります。
自分はやはり男なので、男性に対して知的好奇心がわくことは少なくて、使い慣れているんですね。シンプルに個人への興味だけで立ち向かうことができます。しかし女性に関しては、いつまでたっても不思議がいっぱいで。先の例で言うと新しい機能が無限に用意されているように見えるんですね。だから、それを知りたいと思いながら試行錯誤している面はあります。女性を撮った作品にはそういう視点や気質が出ているかもしれないですね。
やはり研究者気質ですね。女性を理解したいのでしょうか?
うーん。理解したいとか、分かり合いたい、とは思っていないです。答えが知りたいだけです。自分のほぼすべては知的好奇心でできているのです。理解してしまったら、逆に興味がなくなってしまいます。
■ 最後に
弱々しいものに光が当たっていたり、強そうなものが弱そうだったり。でも決して大げさではない。そんな「ちょうどいい違和感」が黒田さんの世界観なのかなと思います。あくまで言葉にすると、ですが。
写真を言語化するって難しいですよね。写真は本来言葉を通さないでも受け取れるものなのに、言葉を通して理解しようとするから面倒なことになってしまいますね。でも、大村さんは、写真を見て撮影者のことを判断しているように思います。
言葉で写真を説明するお仕事をさせていただくようになってから、そのことに気が付きました。本来言語化できないものを、あえて、近い意味の言葉で説明しているだけなんだなって。英語のとある単語に対する日本語の単語がないように、写真を的確に説明する言葉ってたぶんないんです。だから、言葉ではなくて、写真を見て撮影者のことを判断するようにしています。
誤解を防ぐために言葉は必要だとは思います。でも、言葉が荒れていても写真を見れば撮影者の人格が分かりますよね。
写真ってその人の「 視点 」を写すものじゃないですか。何を見ているかなんて、その人の生き方次第で変わってくるじゃないですか。だから、写真を見ればその人の生き方が分かると思っています。
そこが面白くて自分は写真にハマったんだと思います。写真から人間性が見えてくるって面白いですよね。これからも写真を通じて人間研究を続けていきたいと思います。
■ 大村祐里子のインタビュー後記
■ 制作・著作 ■
スタジオグラフィックス
大村祐里子
■ 制作協力 ■
ニッシンジャパン