大村祐里子の1万円で行く スナップ写真旅行
第4回 蓼科( 前編 )
TOPIX
「 大村祐里子の1万円で行く スナップ写真旅行 」のシリーズ4回目は前回の自粛期間とは異なり、Go To キャンペーンも開催されていることから長野県の蓼科まで足を延ばしていただきました。本企画は、撮影地の選択もすべて大村祐里子さんに委ねています。条件は東京から、「 交通費・お昼・おやつ代込みで1万円以内で行ける撮影地 」です。今回も KIPON レンズを使い霧~ 晴れの蓼科高原を切り撮ります。機材のみならず、スナップ撮影地選びの参考としていただければ幸いです。 by 編集部 |
Index
1.本連載のルール
1万円以内で行かれるところであれば場所はどこでもOK 、かつ、好きなものを撮って良い、という夢のようなこちらの企画。第4回目は、長野県の蓼科へ行ってまいりました。
機材は、引き続きソニーα7R IV + KIPON 製レンズの組み合わせを使用しています。こちらの記事は、撮影スポットガイド、そして機材選びの参考としてご覧になっていただけたら嬉しいです。(大村)
2.目的地紹介
目的地に選んだのは、長野県の蓼科エリアです。車で、3時間ほどで行ける場所はないだろうかと探していたときに、ふと思いつきました。蓼科には通っていた学校の施設があったので、学生時代に林間学校や合宿でよく訪れていました。澄んでいて、ピリリと冷たい空気が心地よかったことを思い出し、久しぶりにそれを味わいたくなりました。
3.今回の機材紹介
ボディはソニーα7R IV、レンズはKIPONの「 IBERIT 」シリーズを使用しました。
「 IBERIT 」レンズは、Eマウントの MF レンズです。開放 F2.4 の単焦点で、焦点距離は24 mm、35 mm、50 mm、75 mm、90 mm の5本がラインナップされています。ドイツで開発とテストを行い、ドイツの品質基準に沿って製造されています。鏡胴はブラックとシルバーの2色。マウントは、ソニーE、富士フイルムX、ライカM、ライカSL の4種類です。重厚感のあるクラシカルな造りが魅力的です。
今回は、すっかりお気に入りになってしまった「 75mm 」と、使いやすい焦点距離である「 35mm 」の2本を持っていくことにしました。
4.御射鹿池から始まる旅
10 月中旬、朝5時に都内を出発し、車を走らせること約3時間。8時ごろ、長野県茅野市豊平奥蓼科にある御射鹿池(みしゃかいけ)に到着しました。気温は10 度ほど。車を降りた瞬間「あ、寒い」と思いました。
御射鹿池は、水面に映り込む山々の風景が美しい池です。画家・東山魁夷氏の作品《緑響く》のモチーフになったことでも知られています。どの観光ガイドブックを見ても必ず掲載されているので、一度は行ってみたいと思い、最初の目的地に選びました。
風がやむと、ピカピカに磨き上げられた鏡のようになった水面が、木々を映し出します。深いグリーンをした池の色とあいまって、なるほど心惹かれるものがあるなと思いました。紅葉がさらに色づくと、もっと良さそうです。
池は意外と広く、広角レンズだと絵が間延びしてしまいそうだったので、75mm を使いました。F8 まで絞って木々のディティールを出してみました。
早朝にも関わらず、撮影スポットにはカメラマンの方の姿もちらほら。どうやら曇りの方が水面の映り込みがきれいに撮れるようで「もうちょっと太陽が翳ってくれたらなあ〜」という会話が聞こえてきました。
そんな会話を横目に、私は気持ちよく晴れた日に外出できたのが嬉しかったので、盛大にフレアを入れて池を撮ってみました。IBERIT は逆光状態だと大きくフレアが入るので使っていて楽しいです。
池を囲む手すりにふと目をやると、鮮やかな黄緑色をした虫が日向ぼっこしていたので、最短撮影距離の 0.6m までぐっと寄ってみました。全体的に優しい黄緑色のトーンでまとまり、秋らしいお気に入りの一枚になりました。
御射鹿池から車で 40 分ほど走ると、信州白樺高原 長門牧場に到着します。単純に牧場が好きなので、ここに行ってみたかったというのが目的地に選んだ理由です。
まずは、レストランで、休憩も兼ねて牧場のヨーグルトとカフェオレをいただきました。ヨーグルトは牧場で作った生乳100%とのことで、濃厚で美味しかったです。75mm はテーブルフォトにも使いやすい焦点距離で重宝します。
レストランで外の様子を伺っていると、みるみるうちに曇ってくるではありませんか。「晴れの絵を撮りたい!」と意気込んで来ただけに大ショック。しかし、山の天気は変わりやすいので仕方がありません。少しでも天気の良さそうなところへ行ってみよう、と気を取り直し、駐車場に向かいました。
牧場を出ると、たちまち辺りが霧に包まれていきました。実は、私の最も好きな気象状態は「霧」です。霧の立ちこめる世界が舞台になっている某ゲームを愛しすぎていることもあり「うわあ〜〜〜!!霧だ〜〜〜ッ!!」と、テンションは急上昇。早速、車の中でも某ゲームのサントラを流し、気分をさらに高めます。
長門牧場から5分ほど車を走らせると道路の脇に「雨境峠山頂」なる石碑が見えました。駐車場があったのでそこに車を停め、近くの遊歩道を散策してみることにしました。
視界がどんどん悪くなっていく不穏な森。木々の密度を出したかったので 75mm を使いました。IBERIT はこういうじっとりした質感のものを描くのに向いているように思います。
遊歩道には誰もおらず、砂利を踏みしめる音と、自分の息遣いだけが聴こえてきます。青白い靄が辺り一面を覆い尽くし、100m 先すら見えません。世界にひとりだけ取り残されてしまったようです。だけど、まったく寂しいとは思わず、この状態がずっと続けばいいとすら願ってしまいました。
ひんやりとしたIBERIT の鏡筒の手触りだけが、己と現実をつなぐ唯一の橋のような気がしました。
深い霧の向こうから、黒い影が音もなく現れました。
黒い影の正体は、私の前をゆっくりと横切り、またどこかへ消えていきました。自分以外の生命体に違和感を抱きながらも、その挙動から不思議と目が離せませんでした。
まるで夢を見ているようでした。
少しずつ霧が薄まり、ときどき太陽が顔を覗かせるようになってきました。次第に魔法が解けていくような様子もまた、見とれてしまうほど幻想的でした。
太陽まで写し込みたいと思い、広めの画角である35mmにチェンジしました。
雨境峠山頂から車で10分ほど走ると白樺公園自然散策路「箕輪平」の駐車場にたどり着きます。せっかくなので、色づいた森の中を歩いてみることにしました。
空はいつの間にかすっきりと晴れ渡っていました。鮮やかな黄色が、霧に包まれて無になった身体を目覚めさせてくれるようです。
落ち葉特有の、土っぽくて乾いた香りを存分に吸い込みます。シャリシャリ、ザクザク、と枯れ葉を踏んだときの感触が軽快で気持ち良いです。IBERIT の描く、葉っぱの質感がリアルで好きです。ついつい足元ばかり眺めてしまいます。
鳥の巣のような枝を発見。やわらかに入るフレアが、森の中のやさしい空気を表現してくれました。
後編に続く
■ 制作・著作 ■
新東京物産株式会社
大村祐里子
スタジオグラフィックス