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新・女性の撮りかた講座
番外編 モデルとのコミュニケーション
第29回 自然な笑顔を撮るコツ 2005/10/31
 
■もう一度コミュニケーションのとり方について考えてみよう
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●突然ですが番外編です

 

 「あれれ? 室内編の反射光の使い方を掲載するんじゃなかったの?」って思いましたね。前回に引き続き、そういう突っ込みをするあなたが大好きです。愛しちゃいますよ〜このやろう。

 実は、室内編の写真って、前回も言い訳けしましたけど、結構ネタがかぶっちゃうんですよ。似たような写真が多くて。そんなわけでサービス精神が旺盛な私としては、ちょっと毛色の変わった写真を掲載して、読者の目をごまかそ…いやいや、楽しませようと思いましてね。今回は、先週撮ったばかりの藍 海夏の写真をお見せしながら、モデルとのコミュニケーションについて語ろうかなんて思ったわけです。

 なんで突然のようにコミュニケーションの話をするのかといいますと、先週の週末に藍 海夏の宣材写真(タレントがプロフィールなどに使う宣伝用の写真)の撮影がありまして、その撮影で依頼されたテーマが「自然な表情」だったから。と、いうことで、来週の「女性の撮りかた講座」はこのネタにしようかなと思ったのがひとつの理由です。

●素人のモデルは難しい?

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写真0 会社の会議室にストロボを3灯設置して、簡易スタジオにして撮影。背景はホリゾント(バック紙)ではなく、白い壁。物撮り用の幅の狭いバック紙を床に敷いて撮影しました。レフ板が足らなかったので、影を処理するのが大変でした。
撮影データ (写真をClickで拡大)
  モデル:藍 海夏
 

 もうひとつ理由があります。それは、藍 海夏の撮影の後に、もう一人の女性を撮影したんですが、その女性は某航空会社の現役客室乗務員。彼女はモデルとしてはまったくの素人で、当然ですが表情はこわばり気味。普通に撮ってたんじゃ本来の可愛さがなかなか出てこない。そんな彼女から「自然な表情」をどうやったら引き出せるのか…。その奮闘記は、そのままネタになるじゃないかってことで、今回、コミュニケーションをテーマにさせてもらったというわけです。

 前置きが長くなりましたが、今回と次回の2回に分けて、「自然な表情」をテーマに、モデルとのコミュニケーションのとりかたについて紹介していくことにしましょう。と、その前に、旧講座の「第1回 モデルと仲良くなろう」をもう一度読んで復習しておいてくださいね。

 

   
■なかなか自然に笑えないんです…
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●藍 海夏の悩み

 

 モデルの仕事を始めて1年ちょっと、それまでは普通の大学生だった藍 海夏ですが、最近はいろんなカメラマンに撮ってもらうことが増えて、仕事そのものに慣れてきた感じです。でも彼女には「どうしても自然な表情で撮ってもらえない」という悩みがあるのだそうです。今回の宣材写真を撮ることになった理由も、先日撮った、あるオーディションに出す写真の表情が自分で気に入らなかったからで、結局、私に撮ってもらいたいということになったのですが、それらの写真を見せてもらうと、確かに表情が硬い。もちろんプロの写真なので絵としてはきれいなのですが、藍 海夏が無理に笑っている感じがどうしても否めないんですね。

●「はい笑って」じゃ笑えない

 

 彼女がなぜ、他のカメラマンでは自然な表情ができなかったのかを考えてみました。藍 海夏がモデルを始めたばかりのころからこの1年ちょっとの間、私が専属カメラマンのようなものでしたから、私の撮りかたに慣れてしまっていて、他のカメラマンでは緊張するのかもしれません。でも、それ以外にも問題はあるはずです。それは多分、他のカメラマンのコミュニケーションのとりかたに問題があったのでしょう。というのも、何人かのカメラマンの撮影現場をみて思ったことがあるんですけど、「はい笑って」とだけ言ってシャッターを切る人達のなんて多いことか。現場慣れしていて、どんな状況でも笑顔が作れるモデルもいないことはありませんが、いくらなんでも「はい笑って」はないでしょう。私がモデルだったら、「突然はい笑ってはないだろコラ。笑わせるんじゃないよ」と、嘲笑の笑顔になってしまうことでしょう。(笑) 表情とは感情の表現ですから、心から笑ってもらえなければ「自然な笑顔」なんて到底無理なのです。

●写真の技術よりコミュニケーション

 

 私は写真の技術にはあまり自信はありませんし、はっきり言って私よりも上手な人は、アマチュアの方の中にもたくさんいらっしゃいます。そんな私でも、モデルとのコミュニケーションには細心の注意を払い続けています。我々の被写体は動かない静物や、カメラマンのことなんか気にも留めていない壮大な風景とは違います。生きていて、カメラマンを意識している人間の女性ですから、写真の技術よりもコミュニケーションのとりかたが最重要なんです。逆に、コミュニケーションがきちんととれれば、技術が多少不足していたとしても魅力的な写真が撮れるんですから、人物写真は捕らえ方によっては簡単なんです。克服すべき課題が明確ですからね。

 

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写真1 藍 海夏は、一年くらい前までこの立ちポーズができませんでした。いろいろ指導しても、どうしてもぎこちなくなってしまったんです。簡単なポーズのようでいて、それを自然にこなすのは意外にむずかしいんです。
撮影データ (写真をClickで拡大)
  モデル:藍 海夏
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写真2 笑顔の表情というものは、眼輪筋や笑筋、小頬骨筋など、笑顔を作るのに重要な筋肉が動くことで形作られるものです。口角を外側に伸ばす筋肉(笑筋)によって口角だけが上がっていても、ぱっちりと見開いた目では自然な笑顔とは思えないはずです。この写真は、目の周りの筋肉(眼輪筋)が適度に収縮してくれたことで、優しい笑顔になりました。
撮影データ (写真をClickで拡大)
  モデル:藍 海夏
 

 私は女性を撮影するときに、「はい笑って」なんて単純な言葉はいいません。というか、基本的に表情の指示はしないようにしています。その代わり、笑顔が欲しいときは、笑顔になる雰囲気を演出するためにいろんな努力をします。実際、笑顔を演出する方法には王道がありません。その場その場で、モデルの心理状態を推察して、地道な努力するしかないのです。こんなみるからにいい加減な私ですが、人物撮影をするときは、特に女性モデルを撮影するときは、「今、彼女はどんな気持ちなんだろう。硬くなっているとしたら、何が原因なんだろう。その原因を取り払うには何をすればいいだろう」なんてことを真剣に考えています。意外でしょ?

 

■モデルの緊張をほぐすには
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 笑顔の演出に王道はないと書きましたが、それでは「女性の撮りかた講座」になりません。そこで、私がモデルの緊張を解くときにやっている方法をチラッとお教えします。

●表情筋ってご存知?

 

 皆さん、表情筋ってご存知ですか? 読んで字のごとく、表情を作る顔の筋肉のことです。人の体の各部位で、もっとも複雑で、さまざまな種類の筋肉が互いに協力し合っているのが顔なんです。顔だけで、なんと20種類以上の筋肉があるんですよ。これはすなわち、人は誰でも豊富な表情ができるようになっているということです。

 表情筋も筋肉です。緊張すれば硬くなるし、使わずに弛緩させ続けていれば瞬発力がなくなるのは、他の筋肉と同じです。普段からむっつりしていてほとんど笑わない人は、笑うための表情筋が衰えているわけです。逆に、表情の豊かな人というのは、すべての表情筋が柔軟で瞬発力のある人と言ってもいいでしょうね。でも、いかに表情筋が柔軟で瞬発力がある人でも、緊張しているときには表情が硬くなります。そんなときは、心から笑ったとしても、表情はやっぱりぎこちなくなります。そして、普段から筋肉を鍛えている陸上選手が、準備運動もせずにいきなり全力疾走できないのと同じで、表情筋も、準備運動もせずにいきなり動かすことはできません。

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写真3 モデルに物を持たせると、手持ち無沙汰が解消されるために安心するせいか、モデルの表情が硬くなるのを防ぐことができます。ポージングもとりやすくなり、物が構図のアクセントにもなるので便利です。
撮影データ (写真をClickで拡大)
  モデル:藍 海夏


●表情筋の準備運動をしよう

 

 私が何を言いたいのかもうおわかりですよね。そうです。撮影で自然な笑顔が欲しかったら、表情筋の準備運動をモデルにしてもらおうってことなんです。もちろん、表情筋の準備運動なんて、普通の人は知りませんよね。私も正しく適切な表情筋トレーニングを知っているわけではありませんが、緊張しているモデルを撮影するときは、モデルとにらめっこすることにしています。実は、この「にらめっこ」は、正しい表情筋トレーニングととっても似ています。

 表情筋トレーニングは「フェイスストレッチ」とも呼ばれます。実は、本サイトのマクロエッセイでお馴染みの澤口留美がこのフェイスストレッチの「トレーナー」の資格を持っていまして、私も澤口から表情筋のトレーニングを受けたことがあります。顎や口、目蓋や目、眉などを積極的に動かしすことでストレッチをするわけですが、ご想像の通り、とっても変な表情をすることになります。まさしく、フェイスストレッチはにらめっこですね。実際、澤口の師匠であるフェイスストレッチの第一人者、皮膚臨床薬理研究所の、北澤秀子理学博士が監修している書籍やWebページに掲載されているキレイなモデルさんのおかしな表情を見ると、思わず噴出しそうになってしまいます。


●笑顔とは程遠い顔でストレッチ

 

 澤口トレーナーいわく、「普段使わない表情筋を大きくリズミカルに動かすわけだから、ストレッチ中は変な表情になっちゃうのよ。それで私もよく噴出してたんだけど、北澤博士は楽しんでストレッチすることが大切って言ってたわ」とのこと。さらに、「笑顔を作る筋肉をストレッチするときは、しかめっ面や怒った顔をするのが適切なの」とも。ここ、とっても重要なポイントです。にらめっこで相手を笑わせるときって、笑顔とはまったく逆の表情をしますよね? 実は、笑顔を作るときの筋肉と、しかめっ面の表情を作る筋肉は同じものが使われます。異なるのは筋肉が収縮する方向だけ。つまり、表情筋を笑顔とは逆方向に収縮させるとしかめっ面になるわけです。笑顔のストレッチなのにしかめっ面をするのは変じゃないかと思うかもしれませんが、スポーツを始める前に腕や脚の筋肉を伸ばしたり縮めたりして柔軟体操をするのと同じ理由です。えっ? しかめっ面だけじゃ一方向の運動じゃないかって? いやいや、にらめっこですから、しかめっ面した後にモデルと二人で爆笑すればいいんです。(笑) これでモデルの緊張はほぐれて、あなたとのコミュニケーションは確かなものになっているはずです。

 「にらめっこなんて子供じみたことできないよ」なんてプライドは捨てましょう。女の子の本当の笑顔が撮れるのであれば、道化師だろうと幇間だろうと私はなりたいと思います。それこそがプロの人物カメラマンが持つべきプライドだと思うのです。

●参考 Web サイト

皮膚臨床薬理研究所
http://www.hifuken.com/

フェイスストレッチ
http://www.hifuken.com/source/stretch/index.html

 

 
初出:2005/10/31 このページのトップへ
 

     
 
 

     
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