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都内某所。
ゆきぴゅーはあの札束とーちゃんのおうちに来ておりました。なぜなら前の晩、ゆきぴゅーの友人である、札束とーちゃんの愛娘から電話がかかってきたからですの。
「うちのお父さんがここ2、3日寝込んでいるのよ。それでね、うなされながら
“ゆきぴゅーさんを呼んでくれ〜、ゆきぴゅーさんを呼んでくれ〜って
うわごと言ってるんだけど来てくれない?」
「えええーっ?!な、なんですのー、それ。だ、だいじょーぶですのー?!」
そんなわけで久々に顔を見せがてらお見舞いに来ることになったのでした。
「おとーちゃん、だいじょうぶですの?!」
「あぁ、ゆきぴゅーさんですか。よく来てくださいましたね。ゲホゲホ、、、。
ごらんの通りわたしは病で余命いくばくもありません」
「余命って、そんな、、、」
「で、ですね、今生の別れにひとつ頼みを聞いてもらえませんかね、ゲホッ、ゲホッ、、」
「なんですの?」
「川越の中院てお寺にですね、シダレザクラがあるんですよ」
「は?川越?」
「そのシダレザクラってのが、昔おかーちゃんと見に行った想い出の桜なんですよ。
わたしはもうあの桜を見ることが出来ないでしょう。ゲホッ、ゲホッ、、、。
そこでお願いなんですが、、、」
「はぁ」
「形見分けに、このデジカメをゆきぴゅーさんに託しますので、末期(まつご)の水の
代わりにぜひそのシダレザクラを撮ってきてくださいませんかね、ゲホッ、ゲホッ・・・」
そう言っていつか一緒にビックカメラに買いに行ったEOS 1Ds MarkUを手渡されましたの。
「かっ、形見分け〜?!」
「お願いしますよ、ゲホッ、ゲホッ、、、」
「・・・わ、わかりましたわ!ゆきぴゅー、川越に行ってそのシダレザクラ撮ってきて
あげますわ。おとーちゃんはちゃんとお薬飲んで早く良くなるですわ。
そんでもって札束持ってまたおいしい焼肉やお寿司、ごちそうしてくださいませっ」
ゆきぴゅーはそう約束をして、札束とーちゃんの汗ばんだ分厚い手をしかと握り返したのでした。
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| 今でも1日4回、時を知らせている川越のシンボル“時の鐘”。 |
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| 川越=サツマイモが定着していますがその始まりは江戸時代までさかのぼるそうですの。 |
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| 今でこそ10数軒ですが、昭和初期には70軒ものお店があったという菓子屋横丁。ノスタルジックという言葉がぴったり。 |
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| 川越の猫はどこかのんびりなんですの。 |
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| 実際は500以上あります、喜多院の五百羅漢。 |
というわけで、札束とーちゃん想い出のシダレザクラを撮るべく、はるばる川越へ出かけることになったゆきぴゅー。
川越といえば小江戸と呼ばれる人気の観光地。蔵造りの町並みはその日も多くの人々で賑わっておりました。しかしゆきぴゅーはのん気に観光なんぞしている場合ではありません。川越に着くとさっそく中院というお寺をめざしましたの。駅から歩いて25分くらいのところにそのお寺はありました。
(ここですわ、このお寺の境内に、、、桜の木が、、、)
ゆきぴゅーの足が止まりました。
「あっ、、、」
なんということでしょう。目の前にあったのは、見頃をとうに過ぎて既に葉桜になっているシダレザクラだったんですの。お寺の関係者らしき人をとっ捕まえて聞いてみることにしました。
「こ、この桜、これから咲くんではない
ですわよね。もう咲き終わっちゃった
んですわよね」
「今年は暖冬の影響でしょうねぇ。
いつもより早くて見頃は3月下旬でし
たねぇ〜」
「・・・そうですの」
ただでさえ鬼の霍乱で気が弱くなっている札束とーちゃんに、桜はもう散っていたなんてって言ったら、さらに病状が悪化してそれこそポックリ逝ってしまうかもしれませんわ。
いつもはあんな豪快な札束とーちゃんですが、布団で寝ていた姿は心なしか小さく見えましたもの。(それでも普通の人よりはだいぶ大きいですが、、、)
ゆきぴゅーどうしたらいいんですの、、、。こうして途方に暮れながらトボトボと帰路についたのでした。
そして翌日、暗くて重〜い心持で再び札束とーちゃん宅を訪問しましたの。すると、玄関の戸を開けるまでもなく、奥からいつものあの豪快なドラ声が聞こえてきましたの。
「・・・ガハハ!!!」
(・・・???)
「ご、ごめんくださいませんですの〜」
「あっ、ゆきぴゅーさん。これはこれは、
どうでした川越は?シダレザクラ
咲いてましたか?」
「ど、どうでしたって、おとーちゃん。
寝てなくて大丈夫なんですの?」
「あ、それがですね、きのうの晩、高い
焼酎飲んで寝たらすっかり良くなっ
ちまったんですよ。
今日はほら、この通り。ガハハ」
「・・・」
「あ、どうです?ゆきぴゅーさん。
今晩、快気祝いに焼肉でも食べに
行きませんか、そうしましょう、そう
しましょう、ガハハ」
すっかり拍子抜けしたゆきぴゅー。おとーちゃんのためにわざわざ川越まで行ったのはなんだったんですの、と思いつつも、特上カルビをほおばる頃にはすっかりいつもの調子でタダごはを満喫しておりました。これぞ花より団子、ですわ。
「ところで、おとーちゃん。中院のシダレ
ザクラ、今年はもうとっくに葉桜になっ
ちゃっていましたわ」
「そうですか。それは残念でしたな。
いや、あそこの桜は見事なんで、
ゆきぴゅーさんにもぜひ見て欲しかっ
たんですがね。じゃ来年はぜひご一
緒に、ってことで。ガハハ。
それにはまた新しいデジカメ買わな
いといかんですな。さ、さ、どんどん
食べてくださいよ!」
そう言って次々と特上肉を注文する札束とーちゃん。やっぱり札束とーちゃんはこうでなくちゃですわ。
「ところで形見分けまでした病(やまい)、あれは何だったんですの?」
「あぁ、タダの風邪ですよ。いやぁ年取って体壊すと途端に気が弱くなっちゃっていけないですねぇ〜。ガハハ」
翌日。ゆきぴゅーは、形見分けと言って枕元で手渡された1Dsを宅急便で送り返した後で、
“どーせ2台持っているんだから、あのまま本当に形見分けでいただいちゃってもよかったんじゃないですの”と、ちょっぴり、いえ、とっても後悔した4月の昼下がりだったのでした。
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