このコンテンツのトップページへ 薮田織也の
中年バカメラ日記
 
ミスでんぶ 2004年 8月 25日
 

 5月あたりからやらなけりゃと思っていたスパティフィルムの株分けを始めることにした。先日、ホームセンターで買ってきた、こ洒落た鉢を持って事務所にしているマンションのベランダに出ると、夏にしては見事な抜けるような快晴である。仕事なんかやる気がしないというか、こんなときに仕事する奴はアホだと思うわけで、だから俺は鉢植えの株分けをする。意味はない。
 3年もの間、ほったらかしにしていただけあって、スパティフィルムは好き勝手な方向に葉を茂らせている。さて、鉢から抜いてやろう。少し躊躇しながらも、スパティフィルムの茎を束ねて持って、鉢の縁をコンコンと叩く。そう簡単には抜けない。さらにコンコンコン。なかなか抜けない。コンコンコンコン。それでも抜けない。コンコンコンコンコン。コンコンコンコンコンコン。コンコンコンコンコンコンコン。がぁ! コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン! はぁはぁ。 ずりずりずり。 ずりずり。ずる〜。抜けたぁ〜。なんだか疲れたな。この先、なんだか面倒くさくなったきたな。もうちゃめちゃおうかな。なんて思ってたら、ベランダの下から聞きなれた女性の声がした。

  「やぶちゃ〜ん!」

 3階のベランダから乗り出して下を見ると、ピンク地に真っ赤なハートが描かれたちびたT-シャツに、黒のタイトジーンズを穿いた「ミス新石川」が、片手で小さなハンドバックを振り回しながら、もう片方の手を俺に向かって振っている。振り回しているハンドバックの口が開いているらしく、中の小物が周囲に飛び散っている。俺が仕方なく手を振り返すと、彼女はあたふたと小物を拾い集め始めた。

 彼女がなぜ「ミス新石川」と呼ばれているかは知らない。確かに、ここは横浜の北部にある新石川という地名だが、こんな小さな地域でミスコンが開かれたことはないだろうし、今後も多分ありえないと思う。そんな彼女を「ミス○○」と呼ぶのはちょっと抵抗があるのだが、一度、ミセス新石川と呼んだら思い切りひっぱたかれたことがあるから、やっぱりミス新石川なのである。


  「どうしたのさ、こんな平日のまっ昼間にやってきて」
  「今日はねぇ、やぶちゃんにお尻のヌード写真を撮ってもらいにきたの〜。おしりよお尻〜! 裸のお尻よ〜!」
  「はぁ〜?」

 彼女がおおらかな性格なのは知っていたが、なにもマンションの階下からお尻だのヌードだの裸だのと叫ぶ女だとは思わなかった。

  「わ、わかったから、上がって来てよ、早く!」
  「やったぁ! 撮ってくれるのね! お尻のヌード写真!」
  「お尻だのヌードだのって大きな声で叫ぶなよ! いいから早く来い!」

 周りで聞いていた人がいないかとぐるり見回してから、スパティフィルムもそっちのけで部屋に引き返すと同時にピンポーンとチャイムが鳴った。なんちゅう速さで上がってくるのだあの女は! と吐き捨てながら玄関に向かうと、ガチャガチャガチャガチャドンドンドンとドアノブを回しながらドアを叩く音がする。ため息をつきながら覗き穴から外を見ると、魚眼レンズいっぱいにミス新石川の顔のどアップが広がっていた。時折、左右に顔が行き来するのは、どうやらドアの向こうで踊っているらしい。呆れた俺がドアをなかなか開けないでいると、

  「薮田さん、薮田さぁ〜ん。NHKですよ〜、受信料が未納ですよ〜、さっさと払ってくださ〜い。ついでにガス料金も未納ですからね〜。止めちゃいますよ〜」

 ミス新石川が大声で叫びだした。あわててドアを開けてると、ドンという音に続いてズンという地響きがした。ドンはどうやら、ミス新石川の顔にドアがぶつかった音で、ズンは彼女がついた尻餅のものらしい。「痛ぁい」と叫ぶ彼女の腕をとり、俺はミス新石川を部屋に引っ張り込んだ。

  「ドアをいきなり開けたのは謝るけど、俺はNHKの受信料はちゃんと払ってるし、ガス料金だって昨日コンビニで振り込んだばかりだよ。いい加減なことを叫ばないようにしてくれよな。頼むから」
  「公共料金は振込みじゃなくて自動引き落としにしないといけないんだよ〜」
  「そんなことはどうでもいいよ。で、お尻のヌード写真を撮るんだろ」
  「そうよお尻よ、臀部よ、おケツよ、いっひっひっひ〜。うれしいでしょっ。私の臀部を写真に撮れて。ねっねっ。ドキドキする? 感じちゃう?」
  「いっひっひ〜って笑って、恥ずかしがりもしない女の臀部じゃ、嬉しくもドキドキも楽しくもないよ」
  「あら〜、そんな心にもないこと言って、本当は嬉しくて仕方がないく・せ・にっ」

 ミス新石川は、そう言いながらベルトを緩めると、下着と一緒にジーンズを引き下げて下半身をむき出しにした。あまりの唐突さと予想もしていなかった曲線美に目を瞬かせていた俺は、なんとかその下半身から視線を引き剥がすと、ミス新石川に言った。

  「おいおい、まだ照明もホリゾントも用意してないのに。とりあえずパンツくらい穿いてそこのソファで待っててよ」
  「い・い・の・よ〜。このままで待ってるわ!」

 俺はため息をついて、撮影の準備にとりかかった。ミス新石川は下半身を丸出しにして、ソファの上で胡坐をかきながら鼻歌を歌っている。窓のシェードを降ろして、ホリゾントは何色にしようかと考えていたところで、何のために撮る写真なのかを聞いていなかったことに気が付いた。

  「ねぇ、ミス新石川。お尻の写真って、何のために撮るのさ」
  「これからはミスでんぶって呼んで。ミスで・ん・ぶ」
  「はぁ? 臀部〜?」
  「そうよ、またの名をミスおケツ」
  「臀部でもおケツでもなんでもいいけど、まさかお尻のミスコンに応募する宣材写真を撮るのかい? しかし、お尻のミスコンなんてあるのかあ?」
  「ピンポーン! 大正解! 土田舎村で開かれるミスでんぶコンテストに応募するのよ〜。応募書類には上半身と全身の写真を送れって書いてあるけど、ミスコンなんてインパクトが大事なのよ。だから私の魅力的なおケツのヌード写真を送りつけて、審査委員の度肝を抜いてやるのよ〜」
  「そりゃ、プロフィールに尻の写真が貼り付けてあれば、誰でも腰抜かすわな」
  「腰じゃなくて、ど・ぎ・も」
  「はいはい、じゃぁそこに横になってよ」

 ミス新石川は、俺が用意したシーツの上に飛ぶように移動して猫のように丸くなった。まともな宣材写真(タレントやモデルがプロフィールに使う写真のこと)を期待している様子じゃないことは確かなので、イメージ写真を撮ってあげようと考え、外部ストロボの使用をやめてタングステン灯を2灯だけ、高さを変えてセッティングすることにした。
 普段使っているNikon D2Hに標準マクロを取り付けてファインダー越しにミス新石川のお尻を眺めていると、結構魅力的なお尻なんだと感心した。年齢不詳の女だが、まん丸のお尻の肉には張りがある。それに、さっきまで下半身丸出しで鼻歌を歌っていたのに、いざカメラを向けるとさすがはプロ(なんのプロだ?)、お尻だけの撮影なのにしっかりとお尻に表情を作っている。それなりに真剣なんだなと感じ入ったので、俺もそれに応えてあげなくちゃと、D2Hをやめて、秘蔵の「ベス単+Canon EOS 1D Mark II」の重連機に持ち替えた。その重連機を見たミス新石川は無邪気に笑い出した。

  「あはははは! な〜に、その不恰好なカメラ。面白〜い」
  「笑うなよ。俺なりにミス新石川の真剣さに応えて、お尻をより魅力的に撮ってあげようと思ってるんだよ」
  「だって、最新のデジタルカメラのレンズの部分にふっるーいカメラがくっついてるんだもの。よく見るとなだかエッチだわ。古いカメラにデジカメが後ろから○○○してるみた〜い」

 ミス新石川が○○○してるみたいだと言うのも無理はない。俺が手にした「ベス単+Canon EOS 1D Mark II」の重連機とは、古の写真機であるベス単、いわゆるベスト・ポケット・コダック(VPK)の背面と、EOS 1D Mark IIのレンズマウントが合体したものだからだ。どうやったのかというと、ベス単の裏蓋を外して、穴を空けたプラスチック板にペンタックスのマウントキャップ(M42)を取り付け、そこに、M42接写リングと市販のEOS用M42マウントアダプターを使ってEOS 1D Mark IIを合体させたのだ。はっきりいって不恰好ではあるが、これでベス単独特の滑らかなソフトフォーカスが実現するのだ。もともとベス単は6x4.5cmサイズのカメラだが、35mmカメラで使うとイメージサークルの中心部だけを使うことになり、画面の四隅で安定したフレアが出て美しいソフトフォーカス写真が撮れるのだ。35mmより小さなCMOSを使うEOS 1D Mark IIでも、画角が狭くなることを除いて画質の問題はない。フォーカスはベス単の蛇腹を伸縮させることで行なう。

  「さぁ撮るよ。お尻を少し持ち上げて、そうそう、それから少しだけウエストをひねってみようか。うん、いいね。キレイだ」
  「う〜ん、さっきの尻餅ついたときのあざとかできてな〜い?」
  「大丈夫、鮮やかなもんだよ。見直した。さすがミス新石川」
  「いやん、これからはミスでんぶよ」

 そんなこんなで、ミス新石川あらためミス臀部の、宣材写真とはとても呼べないお尻の写真を撮りまくった。あらかた撮ったところで、俺はミス臀部に訊ねた。

  「お尻の写真はこれくらいにして、一応、ウエストショットとフルショットの写真も撮っておいた方がいいんじゃない? もう一度応募要領を書いた紙を見せてよ」
  「私はお尻だけでいいと思うんだけどなぁ。はいこれ」

 俺は、ミス臀部から受け取った紙を読み直した。そこで、さっきは見過ごしてしまったミスコンテストのタイトルに目が引き寄せられた。

  「ねぇ、ミス臀部さぁ、これちゃんと読んだの?」
  「ん? あんまりちゃんとは読んでないよ。私、字を読むの嫌いだから。友達に読んでもらって、すぐにここに飛んできたの」
  「あのさ、でんぶ違いだよ。多分。いや、絶対」
  「なによ、どういうこと?」
  「でんぶはでんぶでも、お尻の臀部じゃなくて、田植え祭りにやる田舞で、たまいとも読むヤツだよ」
  「田植え〜!?」
  「土田舎村が主催って聞いたときに変だと思ったんだよね〜。要は、田植え祭りの舞を踊って、ミスを決めるコンテストなんだよ。わはははは」
  「……………。ふん。まっ、いいわ。臀部でも田舞でも。ミスコンにはかわりないんだからね」
  「えええ、おいおい、ミス田舞に臀部の写真を使って申し込むのかい」
  「そうよ。いいじゃない。審査員が度肝を抜かすことに間違いはないんだから。それじゃ私、帰るわね。プリントできたら私の家まで持ってきてねぇ〜」

 そういって、ミス臀部は脱いだときと同じように、下着とジーンズを一緒に穿いて、お尻をさすりながら俺の部屋を出て行った。普通の宣材写真は撮っていかなかったので、ミス臀部がお尻の写真だけを応募用紙に貼って出すことに間違いはなさそうだ。
 はっ、そういえば、俺のスパティフィルムはどうなったんだ? 慌ててベランダに飛び出すと、鉢から抜いたままになっていたスパティフィルムはすっかりしな垂れていた。ふと目を外に移すと、国道246の歩道をハンドバックを回してお尻を振りながら踊るように帰っていくミス臀部の後姿が見えた。

※この日記は多分フィクションだと思います
 
  このページのトップへ
 

     
 
 

     
 
Presented by
飛鳥のWEBサイトへ
Created by
サンタ・クローチェ
トライセック
リンクについて
著作権について
プライバシーポリシー