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小林孝稔のパノラマVR撮影講座
第1回 パノラマVRとは?


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TOPIX

さて、今月よりお届けするのは今話題の360VR( 360度バーチャルリアリティ )に関する連載です。リコー社より昨年リリースされたシータSが全天球写真ブームに拍車をかけております。今回執筆をする小林氏は複数の日本世界遺産を360VR撮影するなど実績を持っております。全天球写真は施設を中心に撮影され、イメージをわかりやすく伝えることが可能になるためWebページにも取り込まれるケースが多くなってまいりました。本連載では360VRに関して撮影ノウハウ・ソフトウェア編集に関して詳細に記述いただき予定です。それではご覧ください。 by 編集部

スタジオグラフィックス on the Web読者の皆様、初めまして。小林孝稔と申します。私は主に施設などで展示するコンテンツの制作を行っており、その一環としてパノラマVRの制作も行っております。過去、世界遺産から町の文化財・史跡、広告案件ではお店などの商業施設まで、幅広い対象の撮影を行いました。さて、VR対応ゲーム機も発売されるなど2016年はVR元年と言われており、パノラマVRに興味をお持ちの方もいらっしゃるかと思います。今後、何回かに渡り本連載を通じて実写表現を用いたパノラマVRの製作方法をご紹介致します。


■写真1 RICOH社製 THETA S 

RICOH THETA S 写真だけでなく360度動画も撮影可能

RICOH THETA S
写真だけでなく360度動画も撮影可能


パノラマVRとは、上下左右の360度をグルグルと見渡す事ができるコンテンツの事で、昨今のVR( ヴァーチャル・リアリティ )ブームもあってパノラマVRを目にする機会が増えたのでご存知の方も大勢いらっしゃるかと思います。2015年10月には1ショットで高画質なパノラマVRが撮影できる全天球カメラRICOH THETA Sが発売され、そのユニークさが受けて大ヒットした事も記憶に新しいです。

また、今年( 2016年 )の6月にはFacebookが「 360度写真 」機能を発表し、パノラマVRの投稿・シェアに対応した事でパノラマVRがぐっと身近な存在になりました。

パノラマVRは古くから存在する技術・表現方法ですが、なぜ今になってパノラマVRが再び脚光を浴び始めたのでしょうか。それは、コンピュータの高速化とスマートフォンに代表されるモバイル・デバイスの登場が大きく影響していると思えます。これらの環境が整った事で、以前は高価な専用ハードウェアを用いて限られた人しか体験できなかったVRが特別な事ではなくなり、先述のRICOH THETA S の登場やFacebookの対応によって誰もがパノラマVRを撮影でき、それを楽しめる環境が整ったと言えます。


■写真2 パノラマVR 撮影風景
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パノラマVRは、撮影対象・空間の一部を切り取って写した通常の写真とは異なり撮影対象・空間の全てを写し、それをユーザーは任意の視点で閲覧できる事が大きな特徴です。すなわち、撮影対象・空間となる全景を収めた「 世界 」をユーザーに伝える事ができ、ユーザーは体験する事が可能と言えます。

パノラマVRの用途は様々で、例えば、お客様に店舗や施設の魅力を余すこと無く伝える建築・不動産分野、現場の全景を収める事で圧倒的な情報量で詳細を伝える報道分野、貴重な文化財・史跡を余すことなく記録するアーカイブ分野など多岐に渡り、パノラマVRを自身の創作活動や表現手段に取り入れる方が増えています。

さて、パノラマVRを自身でも作るには何が必要でしょうか。先述のRICOH THETA Sの様な全天球カメラを用いるのも一つの方法ではありますが、実は、皆さんが慣れ親しんでいる汎用のデジタルカメラでもパノラマVRを作る事ができます。ただし、1ショットで撮影ができる全天球カメラとは異なり、汎用のデジタルカメラでは多くの撮影カット数を必要とし、さらには撮影後の編集作業も必要とするので完成までの手間が掛かりますが、全天球カメラと比べて仕上がりは格段に美しく、手間を掛けるだけの十分な価値があります。

そこで、本連載では汎用のデジタルカメラを使ったベーシックなパノラマVRの制作方法を解説致します。パノラマVRを制作するにあたって、幾つかの機材とソフトウェアを準備する必要はありますが、制作そのものは決して難しくはありません。本連載がパノラマVRに興味をお持ちの方、新たな写真表現を求めている方の創作活動のお役に立てれば幸いです。

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■ 360度全方位が見渡せるパノラマVRとは!?

パノラマVRは天地左右の全てを含んだ全景の画になります。使用する機材によって撮影方法はさまざまですが、基本的には撮影対象となる空間の全方位を撮影する必要があります。それらの全方位を撮影した写真素材を元に画像同士を繋げる「 スティッチ( 縫うの意 )」作業を施します。完成したパノラマVRを専用のビューワー( 閲覧ソフト )を用いて鑑賞したり、オーサリングと呼ばれるデータ化作業を施す事でWEBサイト等で閲覧可能な形式に仕上げたりします。パソコンはもちろん、スマートフォンやタブレットでも閲覧が可能です。

以上が大雑把なパノラマVR制作フローになります。整理をすると「 1.全方位を撮影 」、「 2.撮影した画像を繋ぎ合わせる 」、「 3.オーサリング 」、「 4.公開 」となります。各項目の詳細は次回から触れるとして、今回はパノラマVRの概要にも触れつつ、必要機材とソフトウェアの紹介も交えつつ各項目を簡単に解説します。

1)全方位を撮影する


パノラマVRを撮影するにはパノラマ専用のパノラマ雲台を用いてカメラを動かしながら天地左右とまんべんなく撮影します。詳細は後の連載で解説しますが、パノラマ専用の雲台を用いる理由は「 視差 」の影響を無くすためであり、視差がある状態ではカメラを動かした際に被写体の前後関係が変わってしまい、結果としてスティッチ時に画像同士をピタリと繋ぎ合わせる事が難しくなります。パノラマ雲台はさまざまなものがあり、使用するカメラやレンズの大きさによってそれに見合ったパノラマ雲台を選びます。


■写真3 パノラマ雲台

パノラマ雲台を用いてレンズ焦点の中心を軸にカメラを動かしながら撮影します。レンズ焦点の中心をノーパララクスポイント (視差が生じない点の意)と呼び、ノーパララックスポイントはレンズ固有値のため、レンズによって位置は異なります。

パノラマ雲台を用いてレンズ焦点の中心を軸にカメラを動かしながら撮影します。レンズ焦点の中心をノーパララクスポイント (視差が生じない点の意)と呼び、ノーパララックスポイントはレンズ固有値のため、レンズによって位置は異なります。

筆者はパノラマ撮影時には小型で軽量なマイクロフォーサーズ機をメインに使っており、パノラマ雲台も同様に小型で軽量なNodal Ninja MK3を愛用しています。パノラマ撮影時にはカメラを動かしながら撮影を行うので、小型なカメラの方が取り回しも良くて扱いやすいメリットがあります。

2)撮影した画像を繋ぎ合わせる

撮影が終わったらスティッチ用のソフトウェアを用いて画像同士をつなぎ合わせたデータを作成します。スティッチ用ソフトウェアも様々なものがありますが、筆者はPTGui Proを愛用しています。PTGui Proはシンプルなユーザーインターフェイス、精度の高さ、撮影時に底面(地面)に写り込んだ雲台(三脚)を消す機能やHDR合成機能が搭載されており、パノラマVR制作のスタンダードなソフトウェアです。なお、PTGuiは通常版の「PTGui」と上位版の「PTGui Pro」の2ラインナップがあり、両者の大きな違いは「画像繋ぎ合わせ時に必要/不要箇所を指定できるマスク機能」、「撮影視点の補正機能」、「HDR合成機能」の3点が挙げられますが、いずれの機能も必要とする場面が多々ありますので、これから導入される場合は上位版のPTGui Proをオススメします。本連載でもPTGui Proを用いて解説します。

PTGui Proでスティッチ中の様子

PTGui Proでスティッチ中の様子

パノラマVRの元となるデータは「全天球画像(写真)」です。天球が意味する様にパノラマVRの実態は「球体」と言えます。しかし、球体のままでは画像編集を施す事もできなければ、平面上で画として表現する事もできませんので、パノラマVRの制作時には縦180度、横360度(比率は縦横1:2)に展開した「エクイレクタングラー(Equirectanglar = 正距円筒図法)」と呼ばれる投影方法を用います。PTGui Proでは、このエクイレクタングラー画像を作成する事になります。エクイレクタングラーは画像の左右両端は繋がり、画像の上下は一点になる特徴があり、見て分かるように画像の上下部分は大きく歪んだ画になります。

■写真4エクイレクタングラー画像
equirectangular

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3)オーサリング

エクイレクタングラーは一枚の画ですが、これを立体的に展開させる事でコンピュータのモニター上で任意の視点位置へと変えながら360度の全方位が見渡せる様になります。下記のエクイレクタングラーを展開した図をご覧頂ければイメージが湧くかと思います。これを組み立てると立方体になり、その中心から世界を覗く格好になります。

cube

パノラマVRは専用のビューワーを用いて閲覧する事も可能ですが、一般的にはWEBブラウザを用いて鑑賞する事が多いです。そのため、オーサリングと呼ばれる作業を施してWEBブラウザで閲覧できるデータ形式に仕上げます。オーサリング用のソフトウェアも様々なものがありますが、筆者は主にkrpanoとpanotour proを愛用しています。krpanoはXMLと呼ばれるスクリプトを記述してオーサリングを施すため、ユーザーインターフェイスも無ければXMLを記述する知識を必要とするため、とっつきにくい面があります。panotour proは操作性に優れたユーザーインターフェイスを実装しており、初心者でも扱いが容易なため、これからはじめる方にはpanotour proをオススメします。本連載でもpanotour proを用いて解説します。

Panotour Proでオーサリング中の様子

Panotour Proでオーサリング中の様子

4)公開

オーサリングを終えたデータはWEBサイトで閲覧可能な形式になりますので、コンピュータ内で開いて閲覧したり、WEBサイトに埋め込んでインターネット経由で閲覧したりする事ができます。

以上がパノラマVRのベーシックな制作フローです。次回からは実際の撮影方法から順を追って詳細を解説します。お楽しみに。

著者について
小林孝稔(Takatoshi KOBAYASHI) | 1980年生まれ、長野県出身、東京都在住。尚美学園短期大学音楽情報学科卒業。業務で実写表現を用いたパノラマVRコンテンツの制作に携わり、その面白さに魅せられて制作を開始。広告分野でのパノラマVR制作を中心に活動中。その他、技術解説の執筆活動、レクチャー&セミナーの講師活動も豊富。東京工芸大学芸術学部非常勤講師。